2018-04-19

今だから言える。シンガポールでの最初の3年間は、これまでの人生で背負った”じゅばく”を解き放つための期間だった。(後編)

さて、昨日公開した前編に続く、今日は後編です。

前回の記事に重ねてですが、シンガポール生活、全然まだ終わってません。シンガポールでの生活がさも終わってしまったかのようなタイトルですが、まだまだ真っ只中。一方で、最近シンガポールでの生活がちょうど3年経過して(体感値では5年ぐらいw)自分の中で一巡したというか、一山越えた感があり、昨日の記事に書いた”誰にも頼まれていない修行を自分でし出した”3年間に目処がたったような状況。来週の日本への一時帰国の際に、シンガポールでの生活について、またその中での自分自身の変化についてお話しさせていただく機会があることもあって「自分の人生にとって、この3年ってどういう意味なんだだろう」と最近ずっと考えていました。その結果、この3年間は『これまでの人生で背負った”じゅばく”を解き放つため』に必要な期間と経験だったんだ、という結論に至りました。

これまでの人生で背負った5つの”じゅばく”

私がこれまでの人生の中で背負っていた”じゅばく”は以下の5つでした。

①”自分を優先してはいけない”というじゅばく

②”人とは直接会わないとビジネスはできない”というじゅばく

③自分の外見や容姿に対するじゅばく

④『”日本の中で”は英語ができる人』というじゅばく

⑤女性としての生き方についてのじゅばく

前編では、①、②、③について詳しくお伝えしました。この後編では、④と⑤について詳しくお伝えします。

④『”日本の中で”は英語ができる人』というじゅばく

英語が話せることが特別扱いされることへの強い違和感

日本で暮らしていた時に感じていた強い違和感の一つは、英語をちょっと話せるだけで、すごい人、特別な人みたいな扱いを未だにされることです。日本では、まだまだ英語が話せる、出来るということについて、特別視する傾向があることはみなさんご存知の通り。こうした日本の状況は、シンガポールで色々な人種がいて、色々な言葉を母語とする人たちが共存しながらも、英語でのコミュニケーションで社会が成り立っている環境から見ると、とても異質に感じられます。英語は本当に単なるコミュニケーションツールでしかありません。日本の教育システムのせいなのか、はたまた日本人の完璧主義気質がそうさせるのか。日本社会でも、世界が国際化することに合わせて英語が使えるようになることの必要性が叫ばれるようになってだいぶ久しいと思いますが、今現在においても、正直なところ大幅な改善は見られないように思います。

私は、帰国子女でもなければ、留学もしませんでした。大学こそ、日本の中で英語で教育が受けれることで比較的知られている国際基督教大学に進学しましたが、英語をちゃんと勉強したのは義務教育で中学校に入ってから。日本のごく一般的な英語教育カリキュラムの中で育ちました。唯一、自分にアドバンテージがあったとすれば、海外にはシンガポールに引っ越すまで住んだ経験はなかったものの、小さな頃から割と頻繁に海外に旅行で訪れることがあったことです。その中で、いつも興味津々だったのは、現地で出会う人たちのこと。話す言葉も、見た目も、色々と日本人と違う人たちが世界にはたくさんいて、それぞれの生活や人生があって生きているんだということ。当時は英語が話せなかったので、詳しく聞いたりすることができませんでしたが、いつかそういう人たちと話してみたい、どんな生活をしているのか聞いて見たいと幼心に強く思っていました。それが英語の勉強をする上で大きなモチベーションになってくれたと思います。

そんな背景もあって、私自身は日本人の中にいると”英語ができる人”として扱われることが多くありました。確かにそう扱っていただくことで、今の仕事やキャリアにつながるチャンスを得た部分もあり、ありがたい経験をさせて頂いたと思っています。一方で、外国人の同僚もいて外資系のクライアントとのおつきあいが多かった2社目の会社で経験をする中で、自分のそういう『”日本の中で”は英語ができる人』という立ち位置に満足出来なくなっていた部分があります。当時日本でしていた仕事で必要とされていた英語は、日常会話のほか、英語で何か書類を読んだり、場合によっては翻訳をしたりするようなレベル。仕事をしながら経験で覚えたり、働きながら一時期学校にも通ったりして、そのあたりのことは苦なく出来るように当時なっていました。一方で、自分自身の中で「私が目指しているのは、こんな程度のレベルじゃない」という思いがあったのも事実。英語をメインのコミュニケーション言語として、日々のコミュニケーションはもちろん、もっと議論したり、何かを一緒に作り上げたり、成し遂げたり、そういう経験がしたい。そう思った時に、私の次のキャリアの選択肢は日本にはなく、海外で仕事をするチャンスを本格的に探すことになりました。

シンガポールでの実践英語の環境、そしてそこで取り組んだこと

シンガポールの公用語は英語。一方で、前述の通り様々な民族がいるため、欧米から来ている外国人の居住者を除き、現地の人たちはそれぞれに強いアクセントのある英語を話す人が多い環境です。”シングリッシュ”と呼ばれる、シンガポール独自の英語(英語に北京語やマレー語などの単語や文法などが織り混ざった独特の言語。一応英語ですw)を話す人もすごく多い。自分の英語のレベルがどの程度かにもよりますが、油断すると、自分の英語がシングリッシュになっていく可能性があります。それでも良い、という方はそれで問題ないと思うのですが、私は海外のどこの英語圏に言っても通じるニュートラル・標準に近い英語をブラッシュアップと思っていたので、欧米系の友人を多く持ったり、ローカルの友人でもアクセントの強くない友人と親しくしたり(笑)といった小さな工夫から、一時期は自分の仕事のメールを全て欧米で育ち教育を受けて来た英語の先生にレビューしてもらって徹底的に直したりといったことまで、色々やってみました。またシンガポールでは、特に最初の頃、日本人の新しい知り合いを作ることをあえて避けていました。せっかくシンガポールに住んでいるのに日本人とばかり過ごしていたら、自分の目的はいつまで経っても達成できない。

私のようにある程度大人になってから英語を第二言語として学び、レベルをアップさせてたいと考える人であれば、一定期間日本語に触れることを極力避ける期間が必要だと個人的には感じています。もちろん日本語をゼロにすることはなかなか難しいと思いますが、友人を外国人ばかりにして見たり、日々みる情報を英語を多くして見たり(英語のテレビやオンラインニュース、記事など)する工夫は可能なはず。そうすることで、自分の中に一定の英語の蓄積ができて、英語を英語のまま受け取ることができる”英語脳”ができます。私自身、自分で決めて集中してそういうことに取り組んでいた時期には、家族とラインでメッセージするのもなんとなく抵抗を感じるくらいでした。日本語を使う、話す瞬間に自分の頭が”日本語脳”に戻ってしまう感じがして。そういうこともあって、シンガポールでの2年目は一度も日本に帰らず、シンガポールでも日本人以外と過ごす時間を重視することを徹底して、ひたすら自分の中の”英語脳”を鍛えることに集中して取り組んでいました。

そして得られたのは、全てが英語で展開される世界で自分が欲しい情報を手繰り寄せ、自分なりに昇華できるスキル

そんな”誰にも頼まれていないのに自分でしだした修行”のかいもあってか(笑)、現在では、英語で日々仕事をすること、自分の意見を述べること、必要な指示を出すこと、電話で詳しく話したりディスカッションすること、全ての企画を英語で計画し、実行すること、また全て英語で展開されるカンファレンスやイベントなどで話される内容についても、自分でしっかり聞いて理解して、インスピレーションを得たりする、というようなことはできるようになりました。まだまだ自分の理想にたどり着けてないなと思うのは、英語でのプレゼンテーション。圧倒的に場数が少ないのと、アドリブなど臨機応変に対応できる表現力やボキャブラリーも不足していて、まだまだ発展途上。

英語に関しては、当初はネイティブスピーカーのように完璧になろうとしてとても苦しかったのですが、それはもう諦めました(笑)生まれた時から英語で聞いて話してを繰り返して、同じぐらいの年齢になっている人と同じレベルになるには圧倒的に時間が足りないと。そして完璧になることよりも、少ない語彙力であっても、自分が伝えたいことをクリアに、そしてシンプルに伝えられる、というのが目指すべき姿かな、と今は思っています。シンガポールに引っ越して来た当初と比べると、英語の語彙力も表現力も上がったと思います。また何よりも、全てが英語で繰り広げられている世界の中に飛び込んでいくことに、なんの心理的な障壁もなくなったし、そこで欲しい情報を得て、自分に必要な要素を昇華するということができるようになりました。そういう意味では、『”日本の中で”は英語ができる人』というじゅばくはからは解放が出来たかなと感じています。

⑤女性としての生き方についてのじゅばく

そしていよいよ最後の5つ目、女性としての生き方について、です。これまでにあげた4つの”じゅばく”から解放されたことは自分にとってとても大きいですが、ある意味この5つ目が自分の今後の人生には一番インパクトが大きいかもしれません。

シンガポールでのこれまでの生活の中でたくさんの人に出会いました。以前このブログにも書いた気がしますが、その中でも私から見えている世界の視野が一気に開けるような、本当に自分自身で「魂が震える、喜んでいる、ってこういうことか!」と実感できるような出会いがいくつも(!)ありました。そうした女性たちの生き方については、Girls Bee Onlineでのインタビュー記事や、Forbes Japanで寄稿させている記事に書かせて頂いています。それぞれの方の生き方についてご興味のある方はぜひそちらの記事をご覧ください。

そういう女性たちに出会って何が変わったか。それは、こういう生き方があってもいいんだ!ということを見て、感じて、腑に落とすことができたということです。例えば、40歳までバリバリキャリアを築いて大企業で要職を歴任して来たけど、41歳で突然『私に今必要なのはパートナーだ!』と思い立って、大金のボーナスを差し置いて会社を退職し、旦那さんを探しにニューヨークに行ってしまった(そして本当に見つけて帰って来た!)女性。30代後半という若さでありながら、会社組織の半数である50名の部下を率い、それでいて、旦那さん、そして2人の可愛い娘と円満な家庭を築いている女性。またシンガポールに限らず、この3年の間に何度も訪れているバリでも素敵な生き方をしている女性にたくさん出会いました。ドイツからパートナーと共に旅をしながらバリにたどり着いて、現在はそこで暮らしている女性。ヨーロッパのカップルには割と多いタイプですが、彼女は結婚という形態は取っていないし、子どももいません。でも長年一緒に生活して来た人生のパートナーと、バリで暮らしながら、それぞれに仕事やライフワーク、そして人生を楽しんでいます。またイギリスやアルゼンチン出身で、色々な縁があってバリに移り住み、現在はバリで自分の会社を設立し活躍している女性たちにも出会いました。

結婚をするとか、しないとか。子どもがいるとか、いないとか。仕事が大事なのか、家庭やプライベートが大事なのかとか。日本にいた時には、こういう人生の中の割と大きな選択や価値観に対して、二極的な結論しかなかったり、本来本人の自由なはずなのに、社会の常識や一般概念みたいなものが強すぎて、柔軟な選択肢がなかったり、正直なところ息苦しさがありました。日本人でも素敵な生き方をしている人はいるけれど、やっぱりみんな、ある程度日本という社会の常識の中で生きていることもあって、まだまだ生き方のサンプルの幅が少ないように思います。

私は、先に挙げたような女性たちに出会って、彼女たちの生き方に触れることができて、頭ではわかっていた『もっと自由でいいんだよ』ということが、ようやく自分自身の中に腑に落ちて、自分の生き方に反映させる入り口を見つけた、というような感じです。今まで自分が信じていた(社会によって信じ込まされていた)良いとされる生き方、正しいとされる生き方ではなく、本当に自分が心から生きたい人生を選んでいいし、生きていいんだ、ということが腹に落ちた、というんでしょうか。このインパクトは本当に自分の中で大きくて、今こうして書いていても涙が出て来ます。そういう風に思わせてくれる人たちに出会えたこと、そして彼女たち自身の存在に、心から感謝をしていると同時に、私自身も、そうやって誰かを勇気付けたり、力付けたりできる生き方をして生きたいと強く思います。

今だから分かる。そして、言える。

先日シンガポールに引っ越してまる3年という日にfacebookやインスタにも投稿していたのですが、実は引っ越してから最初の半年は予想外に大変だったんです。もちろん物理的な生活には何一つ困ることがないシンガポールですが、仕事も個人の活動もプライベートも、予定してた通りや想定していた通りには全然いかず、出国前の半年ぐらい準備やあれこれあってものすごくバタバタ過ごしていた反動もあって、気が合う友達も自分の居場所と言える場所もまだなかったシンガポールでひとり抜け殻のように…。

シンガポールに引っ越したのは間違いなく自分の意思で、しかも念願だったはず。それなのに、家族からも遠く離れ、会いたい人にもすぐには会えないという状況、食べたいものもなんでもすぐ食べられるわけじゃない(笑)、こんなところで私一人何をやっているんだろう?と、その頃は何度も思ったことがありました。

頭と心の表面はそんなことばかりを考えていましたが、心の奥底、心のより深い部分の魂?みたいなところは、確かにシンガポールにいたい、ここにいることが正しいと言っていて。当時いろんな方々に精神的なサポートやご助言などもいただきながら、なんとかシンガポールに来た意味を思い起こそうとしていました。

半年ぐらい経ってから、気持ちを切り替えなきゃ!と強く思ったタイミングがあって。そこからは心機一転気持ちを切り替えて、なんでシンガポールに来たかったのか、ここに引っ越すことで何を得たかったのか、どんな自分になりたかったのか、ひたすら考えて、描いて、行動する日々がはじまりました。そうこうしているうちに、一緒にいて心から楽しいと思う人たちとの縁や、こういう情報・場所探してた!というものに出会えるようになって。そこからは毎日の生活がどんどん濃くなって、あっという間に現在に至ります。

あの頃は本当に苦しかったけれど、今となってはすごくよくわかります。なんで心の奥底は、シンガポールにいたい、ここにいるのが正しい、と言っていたのか。自分がこれまでの人生で無自覚に人生で背負ってしまった”じゅばく”を自分で解き放つため。おそらく大人であれば誰しもが、それまでの人生の中で無意識のうちに抱えてしまっている”じゅばく”。それをを解き放てるのは自分だけ。タイミングや方法は本当に人それぞれだと思います。私の場合は、それはこの3年間、そして日本ではなく、海外、シンガポールに来てする必要があったようです。

冒頭にも書いた通り、まだまだシンガポール生活は終わっていません。でも自分が抱えていた大きな”じゅばく”をこの3年間解くことができたことで、これまで以上に、自分の持っている内面、外見、そしてこれまでの人生経験、全てを使って生きて行く覚悟ができました。それに伴う新しい挑戦としてはじめたのが、先日記事にも公開したMana &Co.。まだまだちょっと全容をお伝えできない部分もあるのですが、自分が今心と頭に描いている世界観を世の中に少しずつアウトプットしてカタチにしていくことに取り組みはじめました。

このブログは正直なところ人に読んでいただくことよりも、自分の思考を整理するため、また考えていたこと感じていたことをその時に残しておくために書いています。なので読みやすさについてはあまり考えられていません(笑)でもいろんな方々から「読んでるよー!」とか「書いてあったこと、やってみました!」とか「いつも元気をもらってます」とか数々の応援のお言葉を頂いて、とても励みになっています。これからも、自分の思考整理ツールであるといううスタンスは変えませんがwもしその内容が少しでもどなたかのお役に立てなら、それ以上に嬉しいことはありません。

さて、今週末からは日本、そしてその後はアメリカ(ロス)、また日本にちょっとだけ戻って、その後シンガポールに戻るという久しぶりの長旅を予定しています。日本でのこと、またなんでアメリカ、ロスに行くのかなどについては、またチョツトおりをみて、記事をかければと思います。

長文おつきあいいただき、ありがとうございました!

追伸:来週、社会人向けのクリエイティブスクール、デジタルハリウッドの新宿校でお話をさせていただくことになっています。テーマは「世界の誰とでも仕事をできるようになる方法」について。私自身が、この直近で見たこと、聞いたこと、そして体験したことをあますところなくお伝えする予定です。ピンと来てくださった方、ぜひ会場でお会いしましょう!お申し込みはこちらのリンクからお願いします^^

おまけ:最後まで読んでくださった方への感謝を込めて(!?)、私のシンガポールに引っ越す前と後3年後のビフォアアフター写真をお届けします(笑)

左の写真、シンガポールに引っ越すちょうど1ヶ月前ぐらいに撮影した写真なんですが・・・”じゅばく”が。。3年間で解けて本当によかったです!(笑)


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