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なりたいをかなえる『自信』のつくり方 – 私が等身大の『自信』を持てるようになるまで②

前回から数回に渡って「なりたいをかなえる『自信』のつくり方 – 私が等身大の『自信』を持てるようになるまで」と題して、私自身のこれまでの経験をシェアさせて頂いています。

前回の記事では、私自身がGirls Beeを始めるきっかけとなった原体験、そしてGirls Beeを運営する中で偶然か必然か、向き合い乗り越えざるを得なくなった自分自身の過去のトラウマ、を中心にお話させていただきました。今回は『自信』ついて、人はいつから"『自信』を失う”のか、そしてどうしたらその失った『自信』を取り戻すことができるのか、そして私が自分に等身大の『自信』が持てるようになって言ったプロセスの体験談をご紹介したいと思います。前回の記事をまだ読んで頂いていない方はこちらからどうぞ。

 

”『自信』のない赤ちゃん”なんていない

先日たまたまfacebookに出てきたものすごく前に投稿したこの写真。これは私です。おそらく1-2歳ぐらいの時。もちろん当時のこともこの写真を取られた時の記憶もありません。ただ、この写真のこの自分の笑顔を見ていると、自分のことながら、当時の私には恐れも不安も何もなく、ただただ自然体でいたんだなということを感じることができます。

そしてこの写真を見ながらふと思いました。そういえば”『自信』のない赤ちゃん”って見たことないな、と。そうなんです。多分どんな大人にも赤ちゃんだった頃があるはずで、その時には何の恐れも不安も何もなくて、とにかくただ自分という存在があって、『自信』という言葉で表現するまでもなく当たり前のように自然体で入られた自分がいたはず。それが、成長すること・大人になる過程の中での家族や友達、社会で出会う人との関わりを通じて、自分の自分自身に対する解釈や定義、パターンを持つようになったり、人からどう見られるかということを気にするようになっていきます。もちろんそれは悪いことだけではなくて、自分で自分のことを理解できるようになること、関わる人の気持ちを配慮して動けるようになることは、ひとりの大人として社会生活を営んでいく上では必要不可欠です。一方で、それが度を過ぎると、自分を極端に過小評価してしまったり、失敗を恐れるあまり新しい挑戦ができなくなったり、自分の感性が塞がってしまって、自分が何が好きで、何をしたいのかすらわからなくなってしまうことがあります。前回の記事にも書いた通り、日本は謙遜や協調性といったことが美徳とされる社会。それもあってか、日本人の大人はそういう状態になってしまっている大人が結構多い気がしています。

 

失った『自信』を取り戻すプロセス

生まれた時にはみんな当たり前のように、また言葉にするまでもなく持っていたはずの『自信』。(前回の記事でも書いた通り、ここでいう『自信』とは、誰かに見せつけるものではない、自分の中の自分に対しての静かなでも確かな信頼のことを意味しています。)そして、成長する過程の様々な経験の中で自分の中になくなってしまった、あるいは小さくなってしまった『自信』。”なりたい”をかなえていくためにはこの『自信』を自分の中で回復させることが必要不可欠です。

ではどうやってその『自信』を回復させるのか。結論から言ってしまうと『自分の中での小さな小さな一歩を踏み出し続け、その踏み出した一歩から小さな小さな成功体験を重ねていくこと』これに尽きると思います。この小さな一歩は、本当にどんなに小さなことでも大丈夫。とにかく自分で考えて決めた”小さな一歩”。それに対して、自ら行動してこの”小さな成功”を積み重ねていくことが大切。そうすることで、本当に少しずつですが、自分の中で自分に対する信頼が生まれて、最初は小さな歩幅の”小さな一歩”も、次第に大きな歩幅の”小さな一歩”が踏めるようになっていきます。

また、『自信』を取り戻す初期のプロセスにおいては人の力を借りることもとても有効です。小さな一歩でも踏み出し続けていると、それを評価してくれる人に出会ったり、次なるチャンスを与えてくれる人に出会えることが多々あります。誰でも、人から認められたり、褒めてもらうのは嬉しいこと。特に『自信』を取り戻す初期のプロセスにおいては、小さな一歩を踏み出し続けるためのモチベーションになってくれたりと、とても効果的なケースもあります。ぜひそういう人が現れたら、その存在を存分にありがたく活用させて頂きましょう。

とはいえ、最終的には、人からの評価や賞賛に依存せずに、常に自分で自分を動かし続けられること、自分で自分を鼓舞し続けて行動し続けることができることが、真の自分自身に対する信頼、すなわち『自信』の形成につながります。

 

私自身の体験から

思い返してみると、私自身が自分で自分の目標を決めて、それに対して自分で行動する、ということを始めたのは大学受験の頃。当時、現在の私の母校であるICUにどうしても入学したくて、また前回の記事にも少し書いた通り自分の中学校・高校生活に当時は不満があった(今となっては全て良い経験・良い思い出です笑)こともあって、自分なりに一生懸命勉強しました。正直、勉強に能動的かつ真剣になったのは人生でその時が初めてでした。そうすると少しずつ自分の成績が良くなったり、当時通っていた塾でのレベル別のクラスが上がったり、と言った結果が見え始めて。またそういうプロセスの中で、自分のことを褒めてくれたり、見込んでくださってきめ細かく指導・鼓舞くださる先生にも恵まれました。それもあって結果的に自分が一番行きたいと思っていた大学になんとか入学することができました。

一方、そんな喜びもつかの間。大学に入ってみると周りは自分よりも勉強ができる人ばかり。自分なりに多少自信のあった英語なんて、自分のレベルが箸にも棒にもかからないぐらい流暢に使いこなす海外で育った経験を持った同級生たち。入りたかった大学に入れた喜びも早々に、また自分への自信を失いました。そんな中、自分の得意なこと、自分のやりたいことってなんだっけ、ということを改めてまた模索する日々が始まります。

そして行き着いたのは、私自身はビジネスの世界に興味があるんだ、ということ。ICUはどちらかというとアカデミックな人志向の人が多く、また学生が将来目指す方向性も学術の世界や、国内外の政府系機関、国際協力関係のなどを選ぶ人も多くいます。私も入学当初はそんな方向性もありかなと考えてみたこともありましたが、自分なりにそういう組織の関連の勉強会に足を運んだり、実際に海外でボランティア活動なども本当にわずかながら経験した結果、私はやりたいことをビジネスの世界の中で実現したいんだ、ということが見えて来ました。他の大学に比べると、ICUはビジネス関係の学生団体やコミュニティが当時は(今も?)少ない状況。そこで、学外の団体が運営しているビジネスコンテストや、当時はそこまで一般的ではなかった企業でのインターンシップなど、なんとか色々な機会を見つけてに参加するようになりました。そこで出会った同世代の仲間から色々な刺激や学びを得たり、出会った先輩方からは新たなチャンスを頂いたり、新しい世界が見える場所に引き上げてくださったり。そのプロセスの中で特に深く関わった人たちとは、現在でもお付き合いがあります。

このプロセスも、本当に”小さな一歩”の積み重ねでした。何もないところから、ビジネスコンテストの情報を見つける。そして勇気を振り絞って応募してみた。そして審査が通った。そして参加してみたら、これまで出会ったことのない種類の同世代の仲間と、社会人の先輩たちに出会えた。そしてそこからまた次のチャンスを頂いた。。というような本当に本当に”小さな一歩”の繰り返し、そして積み重ね。そんなことをしている間に、初めは自分に自信がなかったし、小さなことでも新しいチャレンジするのにとても大きな勇気が必要だった私も、次第にその足取りが軽くなり、どんどん前に進んで、チャンスを掴んで行けるようになっていきました。

 

というところで、今回はここまで。

次回はいよいよこのシリーズ最後(おそらく)。『自信』をつけるにはとにかく”小さな一歩”を積み重ねることが大切と今回の記事の中でお伝えしました。一方で、ただ闇雲に”小さな一歩”を踏み出しても”なりたい”はかなえることができません。次回の記事では、自分への自信、自分への信頼を構築しながら、”なりたい”をかなえていく方法についてお伝えします。

2017-08-11 | Posted in Blog, GalleryNo Comments » 

 

なりたいをかなえる『自信』のつくり方 – 私が等身大の『自信』を持てるようになるまで①

先日Girls Beeの東京でのイベントでは「なりたいをかなえる『自信』のつくり方をテーマにお話させていただきました。『自信』テーマにした理由は、それが私がGirls Beeを始めることになった原体験だったから。日本に帰って私自身がスピーカーとしてお話させていただくにあたり、原点に立ち返ろうと思いこれをテーマにお話させていただきました。

ここでいう『自信』は、誰かに見せつけるものではない、自分の中の自分に対しての静かなでも確かな信頼のことを意味しています。最近、この『自信』について改めて考えたり、関連する本を読んだりしていますが、とても奥が深い。そしてこの『自信』は、Girls Beeのテーマであり、私自身のライフテーマでもある「”なりたい”をかなえる」に当たって最も重要で、最も必要不可欠な”あり方”だと改めて感じています。逆にいうと自分に対する信頼である『自信』があれば極端な話どんな”なりたい”もかなえられると思うのです。

現在私は、今の私が思い浮かべる”なりたい自分”をかなえる道の途中にいます。一方で、今の私の姿は、数年前、例えば5年前の私からすると、当時”なりたい”と思い浮かべていた自分姿にとても近いです。もちろん100%ではありませんし、”なりたい”姿が少し変わった部分もあります。でも海外に住むこと、日々いろんなバックグランドの友人に囲まれて過ごすこと、英語をメインに日常生活や仕事をすること、そんな風に思い浮かべていた”なりたい”自分の姿はかなえることができました。今の私はこれから私が”なりたい自分”になっていける道半ばではありますが、確実に近づいていけるという漠然とした自信のようなものもあります。

そこで今回から数回に渡って「なりたいをかなえる『自信』のつくり方 – 私が等身大の『自信』を持てるようになるまで」と題して、私自身がGirls Beeを始めるきっかけとなった原体験、そしてGirls Beeを運営する中で偶然か必然か、向き合い乗り越えざるを得なくなった自分自身の過去のトラウマ、そしてこれまでの全ての経験を通じて自分に等身大の『自信』が持てるようになった背景、その方法についてご紹介していきたいと思います。

先日のイベントには参加者の方には参加費をお支払いいただいてお話した内容も一部含めています。イベントに参加いただいた方々には、Blogなどの文字では伝えきれない内容や温度感、エネルギー、そしてあの場に一緒に居合わせた縁のある方々との繋がりに対して参加費をお支払いただいたとご理解を頂けますと幸いです。

 

Girls Beeを始めることになった幼い頃の原体験

私は生まれたのも育ったのもずっと日本です。30歳で自らシンガポールに引っ越すまで海外に住んだ経験は一度もありません。一方、海外を含めて旅行が好きな両親の影響もあって、小さい頃から海外に遊びに行く機会は多数ありました。

海外に行く度に幼心にいつも感じていたひとつの疑問と願い。
『どうして海外の女性は堂々と自信を持って輝いているようにみえるんだろう』
『自分を含めた日本の女性が自分と自分の人生に自信をもって堂々と生きていけるようにしたい』

日本人の女性には、内面・外見含めて素晴らしい女性がたくさんいます。一方で、持っている個性や可能性を外に出さずに内に秘めている人も多い。漠然と自信がなかったり、何かに遠慮していたり、一歩を踏み出すことに心理的に大きな壁があったり。これは日本という謙遜や協調性が美徳とされる社会・文化の中で生まれ育ってきたこと、”周りに合わせる”ことや”出る杭にならない”ことを求められる環境の中で長く生きてきたことが大きく影響していると私は考えています。

だからと言ってただ”海外かぶれ”になるのは違う気がします。日本人の女性が持っている優しさ・誠実さ・柔らかさなどの要素を維持しながらも『自信』を持って堂々と生きいく。そんな風に自分自身なりたいし、そういう生き方ができる日本の女性を増やしたい。いつかそれに関わることができたら、と当時は心の中で小さくでも確かに思っていました。

 

『人の可能性を引き出すことを仕事にしたい』という軸

大学生の頃、手探りながらいろいろな経験をする中で『人の可能性を引き出すことを仕事にしたい』という自分の軸に辿りつきました。『人の可能性を引き出すこと』ができるいろいろな選択肢を考えた結果、まず最初に自分自身が社会人として取り組むことを選んだ仕事は転職エージェントの仕事。『転職』を通じてその人の人生がより良い方向に、より望む方法に変わって行くことをお手伝いすること。実際それを仕事にしてみると、きれいごとだけでは済まされないことがよくわかりました。それでもそのお仕事はとてもやりがいがあるものでした。

そんな中、私自身も自らのキャリアを考え、26歳の時に初めての転職を経験します。すると、もともと転職支援の仕事をしていたことはもちろん、私自身も転職をした経験者になったからか、より周りの特に同世代の友人たちからキャリアについて、将来についての相談をもらうようになりました。ひとりひとりの話を聞いていると、周りの友人、特に女性の友人たちが何かモヤモヤと悩んでいたり、一歩を踏み出すことを恐れていたり、何か見えない壁のようなものを感じている人が多い。一方で、私が何かしらの形で、人を紹介したり、場を紹介したり、場合によっては仕事を紹介して、一歩踏み出す後押しをすると、これまでとは全く見える世界が変わったり、本人が『なりたい』という方向に確実に近づいた、というような場面に多数出くわすようになりました。

もともと『人の可能性を引き出すことを仕事にしたい』という軸で仕事を選んでいた私にとっては、転職支援の仕事はそれを実現するためのひとつの手段であり、また自分自身が世の中のこと、世の中の人の様々な生き方、人生に触れるためのひとつの経験にすぎませんでした。また転職支援の仕事を経験する中で、転職をすること以外でも、人の人生が良い方向にひらけて行くように支援することはできるし、そういう仕組みをつくりたいとも思うようになっていました。個別に友達にアドバイスや紹介をすることもできるけれど、組織化した方が少しでも社会にインパクトを与えられるのではないだろうか。そう思ったことからGirls Beeというコミュニティとして新たに『人の可能性を支援すること』を始めることになりました。

 

Girls Beeのスタート、そしてGirls Beeの活動を続ける中で向き合った過去のトラウマ

Girls Beeをスタートさせたのは2011年9月。最初は、Girls Beeが提唱するコンセプトに共感してくれる私自身の身近な友人たちを集めて月1回程度集まることから始まりました。そして本格的にいろいろなプログラムを提供するようになったのは2012年から。Girls Beeの根底にある設立当初からある変わらないコンセプトは『ひとりでも多くの女性が、素直に、元気に、楽しく、そして自分らしく、個性、能力、才能、可能性を最大限に発揮して、それぞれの人生を最大限に生きることができることができるような社会を実現する』こと。女性が仮に独身であろうと、結婚をしていようと、子どもがいようと、ひとりの女性として最大限に人生を味わうことができるようにすること。そんな世界観を実現し、ひとりひとりの女性が『なりたい』自分を実現して行くことができるきっかけを提供する場所として、現在に至るまで運営してきました。根底にあるコンセプトは設立当初より変わりませんが、提供する内容はその時その時に私自身が見えていた世界や環境、時代や経済の流れ、そして巡り合ったご縁などによって形を変えてきています。

たくさんの方に応援していただき、助けていただきながら、もうすぐ活動を始めて丸6年になるGirls Bee。自分自身がやりたくて始めたことですが、その道のりは楽なものではありませんでした(そして今も・笑)。今となっては若干信じられないような話ですが、小学校高学年でのあるトラウマがあって、何かの組織でリーダーをやるということを中学校以降一切避けてきました。そしてさらには『女性恐怖症』。中学校・高校の6年間を女子校で過ごしたのですが、その時のあることあって、女性を信じること、そして人を心の底から信じること全般がそれ以来できなくなっていました。(具体的にどんなことがあったのかは変な誤解を生むと良くないのでここでは割愛します。ちなみに今はその出来事やそれに関わっている当時の友人たちへのわだかまりは全くありません。私にも至らないところが多々あったし、必要な人生経験だったと解釈しています。)

Girls Beeという組織は私自身が作ると決めた運営責任のある女性のためのコミュニティ。偶然か必然か、Girls Beeという活動を運営して行くことを通じて、私自身が自分の過去のトラウマと向き合うことになりました。確かにそのトラウマの傷は自分の中ではとても深かったようなのですが、それよりも「Girls Beeを運営したい」という気持ち、「Girls Beeを通じて私自身も”なりたい”自分をかなえたい」と気持ちがものすごく強く、無我夢中で運営に奔走しているうちに気がつけばそのトラウマは克服していました。

 

と、今日はここまで。

次回は、『自信』ついて。人はいつから"『自信』を失う”のか、そしてどうしたらその失った『自信』を取り戻すことができるのか、そして私が自分に等身大の『自信』が持てるようになって言ったプロセスの体験談ご紹介したいと思います。

こちらの絵は以前水墨画家の鮫島たまよさんにGirls Beeをテーマに描いていただいたものです。

2017-08-07 | Posted in Blog, GalleryNo Comments » 

 

ゲスト講義をさせていただきました:跡見学園女子大学(谷本ゼミ)

先日の日本への一時帰国の際に、跡見学園女子大学で兼任講師を勤められている谷本有香さん(ジャーナリスト・Forbes Japan副編集長・Forbes Japan Web編集長)にお招きいただき、ゲスト講師として講義をさせていただきました。

今回ご依頼を頂いた際に特に内容について細かなご指定はなかったので、私の方で何が良いかなと考えた結果
「DESING YOUR LIFE -これからの時代のライフ・キャリアのつくり方」と題してお話をさせて頂くことに。

具体的な内容は、ざっくりと以下のような内容を私自身のこれまでの仕事での経験、そして広い意味では人生全体としての経験を踏まえてお話を。
①イントロダクション(自己紹介、これまでの経歴、これまでの仕事を選んだ理由、そしてシンガポールに移った理由など)
②『今の労働市場で起こっていること』について
③『海外で働くこと』について
④『海外の女性の生き方』のご紹介
⑤『”なりたい”をかなえる』こと、そしてその方法について

今回お邪魔させて頂いたのは、文京キャンパス(3年生のクラス)と新座キャンパス(2年生のクラス)。
久しぶりの日本語での長時間のプレゼンテーションで、どれぐらいちゃんと話せるか少し私自身緊張して臨みましたが、いざ話してみると伝えたいことがたくさんあって、それぞれ90分をほぼ使い切るような形でお話させていただきました。

いろいろなトピックを短時間に詰め込んでしまいましたが、参加してくださった皆さんそれぞれに何か響く部分があったら嬉しいなと思います。参加してくれたひとりひとりの学生さんが、社会からの期待や日本の常識・固定概念に縛られることなく、心から生きたい人生を生きていけますように。

また今回の機会をくださった谷本有香さん。ジャーナリスト、ForbesのWeb版の編集長などマルチにご活躍されている、私にとって最も憧れる日本人女性のひとりです。そんな憧れの有香さんからいただいたお話、そして去年から打診いただいていたお話をようやく実現できて、今回の一時帰国がより充実したものになりました。
機会をくださいました谷本有香さんに、改めまして御礼申し上げます。

※ゲスト講義に関するお問い合わせについて:
現在、私自身の日本への帰国頻度は不定期になっております。ただ予めご相談を頂けましたら、次の帰国の日程が決まり次第、もしくはご相談に応じて一時帰国を検討することも可能です。条件等含めた詳細のお問い合わせは、以下のメールアドレスまで直接お問い合わせくださいませ。
Email: manapy17*gmail.com (*を@にご変換ください)

2017-07-17 | Posted in Blog, Gallery, WorkNo Comments » 

 

シンガポールで生活して変わった6つのこと(後編)

シンガポール生活2周年にあたり、この2年間で自分の中で変わったことを振り返る「シンガポールで生活して変わった6つのこと」
前編もだいぶ長文だったにもかかわらず、読んでくださったり、シェアしてくださったり、個別に感想を送ってくださる方までいて、とても嬉しかったです。
それでは今回はに続く後編、④から⑥について掘り下げていきます。

シンガポールで生活して変わった6つのこと
①東南アジアの国々とそこに生きる人たちへのイメージ・印象が変わった。
②オンライン+電話のみでビジネスを完結することに違和感がなくなった。
③英語の実践力が身についた。日本人がいない環境、英語だけで展開される環境がこわくなくなった。自然体で臨めるようになった。
④”自分でやるべき”と考えていたことを人にお願いすることに抵抗がなくなった(特にメイドさん)。
⑤”やりたいこと”や”ありたい姿”に素直に。年齢に対するバリアがなくなった。
⑥将来の選択肢が広がった。もっと柔軟に自由に生きていいよね、とより思えるようになった。

④”自分でやるべき”と考えていたことを人にお願いすることに抵抗がなくなった(特にメイドさん)。
シンガポールでは共働きの世帯が多いこともあって、家に住み込みのメイドさんを雇っている家庭がごく普通にあります。
特別裕福な家庭だけではなく、一般家庭でも、フルタイムもしくはパートタイムでメイドさんを雇っています。メイドさんに何をお願いできるかというと、基本的に掃除や家事(食事の用意を含む)全般、それに子どものお世話なども。具体的にどこまでをお願いするかは家庭によって、またメイドさんによって異なるかと思います。

私が最初に”メイドさんにお願いする”ということを経験したのは、シンガポールに引っ越して最初に住んだおうち。当時はルームシェアをしていて、シンガポール人そしてタイ人のフラットメイトと3ベットルームのコンドミニアムをシェアしていて、そこにメイドさんに来てもらっていたのが最初でした。単身用の1ベットルームの住居が少なく家賃が高いシンガポールでは単身者(もしくはカップル、場合によっては子どもがいても!)は大きなファミリータイプの住居をシェアするのが一般的で、そうした家でもメイドさんをパートタイムで雇っています。シェアメイト同士で掃除の分担をするのが面倒だったりストレスになる場合もあるのでとても便利。

日本の文化では”誰かを自分の家(空間)にあげる”前に家を片付ける、というのがあると思います。30年間日本で暮らしてきた私の中にももちろんその概念はあって、はじめはメイドさんが自分の部屋に入ってくることに慣れなくて、メイドさんが部屋に入ってくる前に自分で自分の部屋を片付けはじめる私。よく考えたら意味ないですよね。メイドさんは片付け・掃除しに来てくれてるわけだから(笑)でも慣れると本当に便利で、自分でやろうと思ったらやれるけど、あまり気の進まないこと、もしくは得意ではないことを誰かにお願いするってある意味とても合理的だなと思います。そして自分のやりたことに集中できて、生活が快適になる。現在は一人暮らしをしているのですが、月に2度ぐらい1回あたり2-3時間程度メイドさんに来てもらっています。お願いするのは、毎日自分で簡単な片付けや掃除はするけど、なかなか億劫になりがちな床の拭き掃除や、バスルーム、水周りの入念な掃除など。洗濯物もお願いすればやってもらえるけど、私自身そこは自分でやりたいというこだわり(?)があってお願いしていません。シーツを替えたり、アイロンをかけたり、ということもお願いすればやってもらえます。ラッキーなことにとても信頼できるメイドさんに出会えたので、いつも私がいない間に掃除をしに来てくれて部屋がきれいになっていて、2週間に1回きてもらえるだけでも本当に助かっています。

最近ニュースなどで日本でも外国人のメイドさんを使えるようにしようという動きや家事代行のサービスが以前よりも使われるようになってきているのを耳にします。一方で日本でそうしたサービスがなかなか広がりにくい背景には、掃除や家事全般は倫理観の醸成や教育の一環として”自分でやるべきこと”として捉えられている側面が強いことがあると思います。私自身の中にもありました。確かに小さい頃からそういう姿勢を学んで、ある程度自分でもできるようにしておくことはとても大事なことだと思います。でも、自分の生活・人生の中でやらなくてはならないことが増えてきたら、自分じゃなくてもできることはお金を払ってアウトソースをするのは必要なことだなと感じるようになりました。自分でビジネスをする場合もそうですよね。自分一人で全部やろうとしたらいろいろな面で制約がある。だから、人を雇って自分でやっていたことを任せたり、自分が得意ではないことをやってもらったり。

私自身、シンガポールに引っ越して、こういうことが当たり前だという世界を見なければ、こういう考えにはなっていなかったはず。そのまま結婚したりしていたりしたら、仕事をしながら家事も完璧にこなそうとしてストレスがたまったり、家事をアウトソースをするというも罪悪感を感じてできなかったかもしれません。日本の女性たちが自分の人生・生活をより充実して円滑にしていくために外部のリソースを活用する、という概念はもっともっと広まっていったらいいなと思います。

⑤”やりたいこと”や”ありたい姿”に素直に。年齢に対するバリアがなくなった。
日本社会では、何かやりたいことがあったときに”自分のやりたいという気持ち”よりも”世の中(世間)からどう見られるか”がそのやりたいことをやるかどうかの大きな判断材料になることが多い。海外ではそれがまったくない、というわけではありません。でも”世の中(世間)からどう見られるか”を気にする度合いは日本よりは低いように感じます。

シンガポールでの2年間の生活の中で、シンガポールの中でもたくさんの国籍や民族的バックグラウンドの人に出会いました。またこの2年間の間にいろいろな国に旅行にもいったので、そこでも様々な人たちと出会いました。出会った人たちの中で『チャーミングな人』を観察していると、喜怒哀楽がはっきりしていたり、気持ちが素直だったり、フットワークが軽かったり。周りにどう思われるとか、年齢がどうとか、そういうことの前にもう心や身体が動いてしまっている人。そういう可愛いくてチャーミングな素敵な大人の女性にたくさん出会えたことで、自分の中の心のバリア、特に年齢に対するバリアがなくなりました。
(これについては以前関連する記事を書きました。ご興味のある方はこちらから:『Eye-opening Retreat in Bali: 独身でも、結婚しても、子どもがいても、いくつになっても、個として、女として生きていく。』

そうそう、シンガポールでは以前からやりたいと思っていた英語の歌でパフォーマンスをする機会にも恵まれました。
これも日本だったらいろいろなことを理由にチャレンジしにくかったことのひとつかもしれません。
(写真は、シンガポールのリッツカールトンホテルのラウンジでソロで歌わせていただく機会を頂いたときのもの)

それから日本だと、30歳前後になると結婚しなくてはいけない、結婚をしていないと何か問題がある人もしくはかわいそうな人(笑)みたいな空気感もあると思います。もちろん30歳前後での結婚というのは、生物学的に見ても自然だし、日本社会だけではなく、海外でも平均をとったらそれぐらいまでに結婚する人が多いのではないかと思います。でも結婚していなくても、素敵な男性・女性はたくさんいるし、結婚するのもしないのものひとつの選択でしかなくて、その人の価値を規定するものではない、と。日本にいた頃は、結婚する予定もないし、むしろどんどん自分のやりたいことに突き進んでいく自分に『これでいいかな・・』とどこからともない不安のような焦燥感のようなものを心の底で感じていたこともありましたが、いまはそれがなくなりました。私の人生の中で、今は自分自身のためにたくさん時間を使って、いろんな経験をして、能力をつけて、もっと世の中に価値を発揮できるようになるための準備期間。そういう自分自身を発揮していく道のりの中で、気があう人がいたら結婚するだろうし、そうではなかったらそれはそれでいいかなって(笑)。

よけいな周りの情報に振り回されずに、自分のやりたいことやありたい姿に素直でいる力を身につけつつあるのも、この2年間のシンガポール生活でのひとつの成果かなと思います。

⑥将来の選択肢が広がった。もっと柔軟に自由に生きていいよね、とより思えるようになった。
⑤にも書いたとおり、この2年間の中でいろいろな人に出会いました。それまでの30年間の日本での生活の中でももちろんいろいろな人に出会ったし、日本人だけではない、いろいろな国のお友達もいました。でもここシンガポールで出会った人たちは、生まれた場所もいろいろだったり、育ってきた国もいろいろだったり、両親や家族のバックグラウンドもいろいろだったりして、でもいま何かしらの理由(多くの場合が仕事)でシンガポールにいる。これは他民族国家であり、ビジネスハブのシンガポールならではの現象だと思います。

そういういろんな人たちの生き方を見ていると、あーもっと自由でいいんだなーと。もっと寄り道してもいいし、もっといろんな場所に住んでもいいし、そしてちょっとやそっとやんちゃなことをしても、そうそう生活できなくなることもない。
日本で生まれて、育って、ストレートで大学に入って、卒業してすぐに働き始めて・・という日本人としてごくありふれた道を歩んできた私の人生ですが、もっと自由に生きてもなんとかなりそうだな、と思えるようになりました。

日本にいた時にももちろん自分の人生の先のことなんてわからなかったけど、でもなんとなく日本にいて、その先に想像できる未来がありました。一方でシンガポールに引っ越してからは、人生や日々の生活を築いていく土台(土地)そのものが変わってしまい、自らの選択でシンガポールに引っ越したにも関わらず、先のことが見えなすぎてしんどかったこともありました。この先、このままシンガポールにいるのか、日本に戻るのか、はたまたそれ以外の国にいくのか。極端なことを言えば、来年自分がどこで何をしているのかわからない、という状態です。

最近はそういう状況にも慣れてきて、わからないなりにも、この先こういう風に生きていきたいというのが見えてきた気がするので、それを実現する方法を今年は具体的に少しずつ探っていく予定です。いま描いている姿は、日本にいた頃の自分だったら考えなかったような自分の姿。これが実現できるかどうかはこれからだけど、そういう姿を多少なりとも現実的に描けるようになったのも、この2年間での成果かな。

というわけで、だいぶ長くなりましたがここで後編終了です!

そして最後に。あくまでのこの『シンガポールで生活して変わった6つのこと』は私自身の経験であり、シンガポールに引っ越したら誰もがこのような変化を経験するというものではありません。
人生は、自分が何を目的にするか、またどんなフィルターを通して経験するか、でひとりひとりの経験はまったく異なります。それと同じで、シンガポールでの生活も、ひとりひとりが何を目的にするかによって、またどういうフィルターを通して経験するかによってまったく異なるものになるはずです。

この記事の内容が、読んでくださった方々それぞれの人生に何かしら響くものがあったら、とても嬉しくおもいます。

2017-04-01 | Posted in BlogNo Comments » 

 

シンガポールで生活して変わった6つのこと(前編)

ちょうど今月の3月25日でシンガポールの生活が3年目に突入しました。
前回の記事でも書いたように、4月以降、より本格的なシンガポール生活3年目が始まる前に、この2年で自分の中で変わったことを、気がつく範囲で残しておこうと思います。

ざっくり”社会的なこと”から”個人的なこと”という流れで羅列して記載しています。

シンガポールで生活して変わった6つのこと
①東南アジアの国々とそこに生きる人たちへのイメージ・印象が変わった。
②オンライン+電話のみでビジネスを完結することに違和感がなくなった。
③英語の実践力が身についた。日本人がいない環境、英語だけで展開される環境がこわくなくなった。自然体で臨めるようになった。
④”自分でやるべき”と考えていたことを人にお願いすることに抵抗がなくなった(特にメイドさん)。
⑤”やりたいこと”や”ありたい姿”に素直に。年齢に対するバリアがなくなった。
⑥将来の選択肢が広がった。もっと柔軟に自由に生きていいよね、とより思えるようになった。

それではここから、このひとつひとつについて掘り下げていきたいと思います。
長くなるので前編と後編に分けることにしました。今回は前編。ご興味のある方はお付き合いください。
(それ以外の方は流し読みでお願いします笑)

①東南アジアの国々とそこに生きる人たちへのイメージ・印象が変わった。
最初からぶっきらぼうな発言になりますが、日本人の『東南アジア』に対する見方・目線はどこか上から目線なところがあるなと感じています。日本は”発展”した国で、東南アジアは”発展途上”の国々。生活水準や教育水準などにおいて日本の方が”上”、あるいは東南アジアの人々と日本人を比べると日本人の方が様々な意味で”豊か”な生活を送っているというような、そんな漠然としているイメージを持っている人が多いのではないでしょうか。そういうなんとなくのイメージが自分の中にも知らず知らずのうちにあって、日本での生活の中で触れていたニュースや様々なメディアからの情報からそうした漠然としたイメージが出来上がってしまっていたことに、私自身シンガポールに引っ越してから気づかされました。

『東南アジア』とひとくくりにいっても様々な国があり、それぞれに特徴があります。特に私がいま生活をしているシンガポールは特殊な存在。東南アジアひいてはアジアのビジネスハブとして近年急速な発展を遂げた国です。その背景から、シンガポールにいる人たちは、シンガポール国内で完結する仕事ではなく、東南アジアやアジアでのビジネスの統括拠点としての役割に関わる仕事をしている人が多くいます。つまりシンガポールに住んで暮らしてはいるけれど、常に周辺諸国を飛び回っていたり、シンガポールにいながらにして違う国々のビジネスをマネジメントしていたりすることが多々。そういう背景もあって、シンガポールには様々な国籍や民族的なバックグラウンドを持った多種多様な人が生活しています。シンガポールに外国人として生活している人も、いわゆるオフィスワーク・ホワイトカラー的な仕事をしている人から、道路工事やメイドとしての仕事などのブルーワーク的なお仕事をしている人まで様々。

日々生活していて、直接触れ合ったり友達になったりするのはほとんどがホワイトカラーの仕事をしているシンガポール人もしくはシンガポール人以外の外国人ですが、とても優秀な人が多いなと感じます。何を持って”優秀”だと感じているかというと、主にコミュニケーション能力(話していて感じる物事への理解力やその背景にある知識など)、語学力、そして現在している仕事、などの要素から。母国がベトナムやインドネシアなどの東南アジアの友人の中には、家族の方針で高校、もしくは大学からシンガポールで生活しているという人も少なくありません(シンガポール政府が、大学卒業後3年間はシンガポールで働くことを条件に奨学金を出して優秀な学生をシンガポールに呼んでいる背景もあります)。彼らは、英語が母国語もしくは母国語のほかに英語が不自由なく使えて、(もしくはもうひとつぐらい他の言語が話せて)ビジネスができる。

日本で生まれ、日本で教育を受け、日本で社会人としてのキャリアをスタートし数年経験してきた自分と比較をすると、日本の外の全てが英語で展開される世界での実践力・即戦力性は明らかに彼らのほうが上。日本人は、海外にいても何かしら日本と関わる、もしくは日本語が必要とされる仕事をしている人が多いように感じます。私自身の現在の仕事もそうです。でもシンガポールには、自分が”ナニジンである”とか”ナニゴを話す”かとかはまったく関係なく、自分の持つビジネス経験を使って、自分の母国語ではない様々な国と、英語でビジネスをしている人がたくさんいます。そういう友人たちにたくさん出会って、それぞれのこれまでの人生のこと、仕事のことなどを話していると、『日本の外の土俵での私の価値ってなんだろう』というなんとも言えない敗北感(?)と危機感と、”それでもなんとか自分がなりたい自分にたどり着くんだ!”という負けず嫌い精神(?)が入り混じったなんとも言えない気持ちにいつもなります。

東南アジア周辺諸国のニュースや情勢は、仕事を通してまたニュースなどのメディアを通して、物理的・心理的に距離のあった日本にいた時よりもたくさん入ってきます。確かに日本と比べると、貧富の差が激しかったり、発展していて都会的な生活ができるのは首都を中心とした一部の都市だけ、という国もたくさんあります。でもインターネットやテクノロジーの発達で、お金をあまり持っていなくても、様々な情報が得られたり、何かのきっかけで社会的に成功するチャンスが掴めたりする可能性が一昔前よりも増えてきている気がします。東南アジアのスタートアップシーンも盛り上がっていて、若い労働力がたくさんある国、人口が増えている国にはいろいろな意味で可能性を感じます。

なかなかこの感覚のすべてを言葉で表しきることができずもどかしい。これはやっぱり住まないと見えてこない感覚だと思う。シンガポールにきてから2年間の間に、私とって『東南アジア』は、それぞれの国に対するイメージも、またそこに生きる人たちのイメージも、まったく変わりました。そしてそれによって、日本という国の課題、日本という国への危機感、そして自分自身の人生に対しても緊張感を持つになりました。

②オンライン+電話のみでビジネスを完結することに違和感がなくなった。
これはシンガポールに引っ越したから、というよりは、私自身がシンガポールに引っ越して新しく始めた仕事・業界による影響が大きいと思います。
現在私がシンガポールでしている仕事は『プライマリー・リサーチ』と呼ばれる業界。クライアントは主に戦略系コンサルティングファーム、PE/HFなどの投資関連企業、事業会社の経営企画部等が対象で、クライアントの依頼に応じてクライアントと世界中の有識者(アドバイザー)をつなげ、時間単位でコンサルテーション(電話もしくは対面)の場をアレンジする仕事をしています。有識者であるアドバイザーは現在どこかの大手また中小企業にお勤めの会社員の方もいれば、フリーランス、会社経営者など様々。日々複数のクライアントから様々な内容のご依頼をいただき、今世界で、世の中で、どんなことがHotなトピックなのか、世の中がどういう方向に流れているのかを垣間見える今の仕事はとても面白いです。また前職(人材紹介・転職支援業界)や個人事業をしていた時に感じていた『個人の知識や能力、可能性はひとつの仕事や会社にだけではなく、様々なかたちで活かされるべきでは』という自分の中の課題意識にこの仕事を通して取り組むことができていることもとてもやりがいを感じます。

一方、私自身は主に日本に所在する企業(日系・外資を含む)を担当していることもあり、基本的に日々のクライアントとの連絡はほとんどがメールと電話で完結。(ちなみにメールと電話の割合は8対2ぐらい。またメールのうち、英語と日本語の割合は7対2ぐらいで英語のほう多いです。)もともと大学卒業後からシンガポールに引っ越すまでの約8年間の社会人生活では、営業やヘッドハンターなど”人と直接会ってなんぼ”という仕事をしていたので、この仕事をはじめた当初、クライアントと直接顔を会わせないこと、また依頼を頂いた際に”足を運んでの挨拶”をしにいかないことにものすごい違和感を感じていました。依頼主とも依頼先とも直接顔を合わせずに完結するビジネス。

でもしばらくして少しずつ業務に慣れてくると、ただでさえ忙しいクライアントにわざわざ”挨拶”だけのために私たちに時間をもらうのはある意味非効率的だし、依頼されたことに対して結果を出してクライアントに喜んでもらえれば、”挨拶”にいかなくても次の依頼がくる。また成果を出せば、”挨拶”にいかなくてもクライアントの紹介がくることも分かってきました。そんなことを通して、これまでの社会人生活8年間のうちに、自分の中に『お金稼ぎは、足を稼ぐからこそできること』という概念がしらずしらずのうちに出来上がっていたことも見えてきました。

“挨拶”の効果がまったくない、と言いたいわけではありません。やっぱり”直接会う”からこそできるコミュニケーション、得られる情報があると私自身強く思っています。また日本はビジネスシーンにおいて”とりあえず挨拶にいく”とか”足繁く通う”といったことに価値がおかれていることが多いこともあり”直接会うこと”が疑いのない当たり前のことになっています。一方でよく考えてみると”直接会う”ことのコストは以外と高くつきます。移動時間、交通費、待ち時間、場所代、飲食代などなど。。これだけテクノロジーが発達した世の中です。直接会わなくても質高くコミュニケーションする手段はたくさんあるはず。その上で、”直接会う”ということの価値をより認識して、本当に必要な場面でそれを使う。そういう風に効率化できることがまだまだあるのではないでしょうか。今の仕事やビジネスに出会わなければ、私自身おそらくこういう発想にはならなかったかもしれません。

この変化は”シンガポールで生活したから”というよりは、”いまの業界・仕事にであったから”の変化という部分が多いですが、それでもやっぱりシンガポールにいながらにして日本のクライアントの対応をするという物理的に”直接会う”ということが頻繁には難しいという制約があったからこそ生まれた変化かな、とも思います。
(ちなみにクライアントと直接会わないと言いましたが、四半期に一度程度上司が日本に出張し、まとめて”挨拶”にいっています。)

③英語の実践力が身についた。日本人がいない環境、英語だけで展開される環境がこわくなくなった。自然体で臨めるようになった。
実践的な英語力を身につけることは、私自身がシンガポールに引っ越した大きな理由のひとつでもあります。
私自身は2年前にシンガポールに引っ越すまで海外”住んだ”経験は一度もありません。海外旅行は、小さな頃に両親に連れられるがままにいろいろな国にいったのにはじまり、大学生や社会人になってからは自分でもいろいろな国に足を運びました。それでも最長の海外滞在は一ヶ月弱ぐらい。英語を身につけたのは日本の中学校・高校での勉強と大学受験の勉強。それから大学はICU(国際基督教大学)に進学したので、”英語で”授業を受ける機会がたくさんあったほか、留学生や帰国子女の友達と知り合うことも多く、その中で勉強を続けました。大学卒業後は日本の会社に就職したので特に”英語を使うこと”は目的にしていませんでしたが、私がICU出身だということを知っていた上司が『おまえ、ICU出身だから英語できるんだろう?外資系のクライント担当な!』という極めてざっくりした理由で外資系クライアント(主に金融機関)の担当になり、仕事で英語を使うことになったのでした。このことがきっかけでのちに仕事でも英語が使えるようになり、結果的に海外でも仕事ができるようになったこともあり、当時の上司にはとても感謝しています。

とはいえ、海外にきたから、シンガポールに引っ越したから、といってすぐに英語が上達するわけではまったくありません。特にシンガポールは『シングリッシュ』と呼ばれる独特のローカルの英語があって、発音や文法が中国語やマレー語などの影響を受けたオリジナルな英語。ひとによって差はありますが、シンガポール人は普段シングリッシュをベースに話しているので、そういうやり取りを毎日聞いているとだんだんわかるようになってくる一方で、自分の英語もシングリッシュになってきそうになります。ウエスタンネイティブですらシングリッシュの影響を受けるようで、シングリッシュの感染力はだいぶ強め(笑)(地元のシンガポール人の若い人たちは、このシングリッシュと通常の英語を状況に応じて使い分けることができる人が多くいます。例えば友達同士はシングリッシュで話すけど、ビジネスシーンにおいては通常の英語を話す、など)。またシンガポールには多数の日本人が住んでいます。その数は3万5000人ぐらいとか。そうなると、仕事で日本と関わる仕事をして日本語を使い、プライベートでは日本人の友達と一緒にいる時間が多く日本語で話す、という日本での生活の延長のようなかたちで生活することも可能です。英語の上達を求めていない人にとってはとても便利で暮らしやすい環境だと思いますが、英語を上達させたい人は強い意志を持って生活することが必要な環境でもあります。

私自身、上記にも書いたようにビジネスの場での英語はお手本がないままに自己流。そんな中シングリッシュの影響もあったりして、自分が正しい英語を書いたり話したりしているのかわからなくなることが多々。そこで今一度英語を復習しようと、学校に通いました。最初はグループレッスンで数ヶ月ほど2週間に1回程度で集中的に文法の復習。そのあとはプライベートレッスン(1対1)に切り替えて、日々の仕事でのメールのやり取りなども細かくフィードバックしてもらいました。先生はシンガポール人ですが、小さいころからイギリスで育ち教育を受け、結婚して子どもが生まれるまでイギリスでキャリアを積んでいた先生です。またシンガポールの生活ではできる限り自分自身を英語の環境に身を置くようにしています。学校での英語の文法的な復習を続けながら、日々いろいろなバックグラウンドの友人と会って話したり、ヨガや歌などの習いごとも日本人がいない環境ですべて英語でインストラクションを受けるようにしたり、興味のあるトピックのイベントに顔を出してパネリストの話を聞いたり、新しい人と出会ったり。。

そんな風に無我夢中で過ごしているうちに、シンガポールに引っ越してきたばかりのころに感じていた英語だけの環境に行くときの緊張感みたいなものが気がついたらなくなっていました。耳で聞く情報はもちろん、目で得る情報も、以前は日本語のほうが受け取りやすいと感じていたけれど、いまではWeb上や本などで英語で情報を見つけること、得ることが自然にできるようになり、英語の読書も苦ではなくなりました。またシンガポールはいろんなアクセントの英語を話す人がいるので、決して聞きやすいアクセントの英語ではなくても、理解してコミュニケーションをとるサバイバル力も身についた気がします(笑)あと、ごく最近の変化は、以前は少しでも日本語を使うと、自分の中の『英語脳』が後戻りして、日本語が心地よいほうに戻ってしまう気がしていたのですが、最近は日本脳と英語脳を頻繁に頭の中でスイッチしても、後戻りを感じず、ストレスも感じにくくなりました。

とはいえまだまだ課題もたくさん。やっぱりまだボキャブラリーが足りなくて、言いたいことを最大限に伝えられないこともよくあります。また一対一や少人数を対象にしたコミュニケーションは問題がないけれど、プレゼンテーションなど大勢を前に話す話し方はまだまだ経験が足りないし、訓練が必要だなと感じます。最初はネイティブのようになろうとしてそれが難しくてしんどかったど、今はネイティブではないなりに、仕事において、プライベートにおいて、”こんな風になれたらいいな”という目標が見えてきました。ここからはまたそれに向けて一歩ずつ努力するのみです。

さて、だいぶ長くなったので続きは後編で!

2017-03-30 | Posted in BlogNo Comments » 

 

シンガポール生活17ヶ月目:ホフクゼンシンな日々は続く。。

今年になってからいくつか自分なりの節目で書いたBlogを読み返していました。

その時その時の自分の心境が思い出せて、おもしろい(笑)
とくにこの6月から今月ぐらいまでは、ものすごく精神的にタフな3ヶ月だった。。(まだあと一週間弱あるけど)
もはや自分が何をしていたのかわからなくなりつつあるのと、進捗状況の記録、そしてまたこの記事を自分であとからよんで「あのときあーだったなー」と面白く振り返りたいので、ここ最近何をやっていたのか残しておこうと思います。

現在のシンガポールでの仕事のこと:
現在、シンガポールでは米系のリサーチ会社でプロジェクトマネージャーとして仕事をしています。
携わっているビジネスは”プライマリーリサーチ”と呼ばれる領域で、経営コンサルティング会社や投資会社等を主なクライアントに、ビジネスを進めるにあたって情報を必要とするクライアントと、クライアントが求める情報を持つ各業界の有識者とをつなぎ、インタビューの場をアレンジするというもの。
起業家やフリーランス、もしくはリタイヤした業界のプロフェッショナルのみならず、現在どこかの企業に勤め第一線で働く個人の持つ知識や専門性が、所属する会社以外の外部で価値になるというこのビジネス。私自身の興味である『個人の可能性を世の中の価値にする』ということに一致しています。また、現在の会社は本社が米国・ニューヨーク、米国のほかヨーロッパとアジアに複数の拠点があり、日々米国やヨーロッパのオフィスとも連携しながら仕事を進めます。私がいるシンガポールオフィスはアジアのHQになっていて、シンガポール人のほか、中国人、韓国人、インドネシア人、ベトナム人、インド人、韓国人、そして日本人と多種多様な人種・国籍の同僚がいる環境。こうした環境なので、業務の6-7割前後は英語。関わっているビジネスの内容、そして、一度は様々なバックグラウンドの人たちと英語がベースの環境で仕事がしたいと考えていたので、いまの会社に与えてもらっている仕事や環境はとても気に入っています。
もちろん、楽しいことばかりではありません。クライアントからの依頼は基本的に全部『急ぎで』という案件がほとんどなので、短期間、かつ競争の激しい状況の中で成果を出さなければなりません。また同僚と仕事の進め方や価値観の違い、コミュニケーションの仕方の違い等でぶつかることもあります。
そんな毎日でここ数か月は特に毎日ぐったり疲れて帰るような状況だったのですが、ふと冷静になって考えてみると、いまの仕事で得られている経験はどれも私がやってみたい、知りたいと思っていたことばかり。ここのところ、個人的な業績もかなりよくなったので、大変だけど、頑張ったかいはあったかなと。まだまだ道半ばです。

英語のブラッシュアップ:
私は帰国子女ではなく、留学もしていません。英語の勉強らしい勉強は、受験の時の勉強と、大学時代の勉強(ICUでのEnglish Language Program)、そして社会人になって外資系のお客さまを多数担当するようになった頃に半年ほどUCLAの社会人大学に通っていた、ということぐらいです。
日常生活と仕事を進めることができる英語力はなんとかあり、シンガポールに引っ越してから、確かに多少ボキャブラリーが増えたり、より場馴れしてきた部分はあります。一方で、シンガポールでよく言われる『シングリッシュ(中国語の発音や文法に影響を受けがシンガポール独自の英語のこと)』は結構強烈で、英語のネイティブスピーカーではない私は、自分の英語がだんだんシングリッシュになっていくのではないかということにおびえていました(笑)。シングリッシュが聞きなれてくると、英語の発音はもちろんのこと、文法的にもちょっと間違った英語に慣れてきてしまうところがあります。
そこで、6-7月は英語の学校に週一回のペースで通っていました。少人数制で、シンガポール人だけどイギリスで育ち教育を受け、仕事もしていたというとても熱心な先生に、上級の実践的な英語、かつアジア人が誤りやすい文法に注力したコースをみっちり受講しました。英語の文法をちゃんと復習したのは、もはや中学校以来?!というぐらいでしたが、自分自身が間違って覚えていたこともみつかったり、日々よく耳にする会話やシチュエーションでの表現で何が正しいのかを明確に教えてもらうことができてとても有意義でした。
とはいっても、英語は私自身まだまだ自分の納得のいくレベルには達していません。まだまだボキャブラリーが足りないし、英語でのプレゼンテーションやライティングももっと自在にできるようになりたい。9月からまたより力を入れて取り組んでいく予定です。

パートナーシップのこと:
この数か月、パートナーシップのこともいろいろと考えることがありました。
ただの友達と違って、恋人となると、無意識に期待が大きくなったり、相手も同じように思ったり考えてたりしてほしいと思ってしまったり。自分の過去の経験のいろいろなトラウマや受け止め方の癖が、彼との関係を通して見えてきたり。相手を見ているようで、たくさん自分を省みる機会を与えられることになる。
仕事をしっかりやりながら、パートナーシップもうまくいかせようとするのって実は結構大変。というのも、仕事をしっかりやろうとすると、どちらかというと自分の『男性性』を使うことになるので、そのモードを恋愛やパートナーシップに持ち込もうとするとうまくいかなくなったり、おかしなことになったりするから(笑)

でも改めて思うのは、仕事とか自分のやりたいこととか、そういうことでの自己実現ももちろん大事だけど、そういうの関係なしに自分を受け入れてくれる、大事に考えてくれる人がいるというのは、仕事とかで得られる達成感とか喜びとかとはまたまったく違った安心感とか満足感とか充実感を与えてもられるものだなぁと。

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彼がときどきつくってくれる朝ごはん。
仕事の成果ややりたいこともしっかりやりながら、小さな幸せを大事に、女性らしく、女性に生まれてきたことも最大限楽しんでたくさん受け止められる人生でありたい。そうする!(笑)

あー長かった。
最後まで読んでくださっという稀有な方、ありがとうございます。
こう書いてみると、結構この数か月頑張ったんだなぁと思えてきました。

ときどきふと思います。
何不自由もなく、快適に暮らせる日本を離れて、一人で何をやってるんだろうーって。
でも、私が描くこの先に自分自身が『なりたい自分』になるために必要な経験は、そのまま日本にいたら得られないとは明確でした。だからいま、その”必要な経験”ができる環境があるシンガポールにいる。
来月にはシンガポールに引っ越して1年半になります。ここでしっかりどっしり(?)やっていく覚悟を持とうと思って、最近一人暮らしも始めました。今年もあと4か月。9月の最初に少しだけブレイクをとって、9月以降、より必要な方向に自分の時間とエネルギーを振り向けて、年始に描いた自分にたどり着きたいと思います。

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2016-08-27 | Posted in Blog, GalleryNo Comments » 

 

@beautist:公認@ビューティストBlog更新「シンガポールでルーフトップめぐり No.8 Angie’s Oyster Bar」

日本最大のコスメ・美容の総合サイト@cosme内のビューティブログサイト@beautistにて
公認@beautist(エバンジェリスト)として書かせていただいているブログを更新しました。

2016-08-08 | Posted in Blog, Gallery, Press/ Article, WorkNo Comments » 

 

@beautist:公認@ビューティストBlog更新「シンガポールでルーフトップめぐり No.7 IndoChine @Garden by the bay」

日本最大のコスメ・美容の総合サイト@cosme内のビューティブログサイト@beautistにて
公認@beautist(エバンジェリスト)として書かせていただいているブログを更新しました。

2016-07-23 | Posted in Blog, Gallery, Press/ Article, WorkNo Comments » 

 

DAILY ANDS(株式会社 ZUU):ひとり旅についてのコラムが公開されました

株式会社ZUUが運営する女性向けメディア”DAILY ANDS”での記事が公開されました。
今回のテーマは、ここ最近注目されている女性の”ひとり旅”について!

私自身、ものごころがつくかつかないかぐらいの時から両親に連れられるがままに旅行をしはじめ、
これまでに訪れたの海外の国は19カ国27都市。そのうち10カ国はひとり旅で訪れています。

ひとり旅の魅力は、都会での忙しい日々の中で忘れかけてしまう自分の感覚・五感を取り戻すこと、価値観を広げること、それらを通して自分自身を思い出すことができることだと私は感じています。
家族や恋人や友達といく旅行も楽しいけど、これからもひとり旅はし続ける!
もちろん、身の安全は第一に、ぜひひとり旅を楽しんでみたいという女性のヒントになりましたら嬉しいです。

2016-07-20 | Posted in Blog, Gallery, Press/ Article, WorkNo Comments » 

 

@beautist:公認@ビューティストBlog更新「セレブとコラボで人気のカラーリッシュルージュに限定カラー!La vie en roseシリーズ」

日本最大のコスメ・美容の総合サイト@cosme内のビューティブログサイト@beautistにて
公認@beautist(エバンジェリスト)として書かせていただいているブログを更新しました。

2016-07-10 | Posted in Blog, Gallery, Press/ Article, WorkNo Comments »