女性のキャリア

シンガポールで生活して変わった6つのこと(後編)

シンガポール生活2周年にあたり、この2年間で自分の中で変わったことを振り返る「シンガポールで生活して変わった6つのこと」
前編もだいぶ長文だったにもかかわらず、読んでくださったり、シェアしてくださったり、個別に感想を送ってくださる方までいて、とても嬉しかったです。
それでは今回はに続く後編、④から⑥について掘り下げていきます。

シンガポールで生活して変わった6つのこと
①東南アジアの国々とそこに生きる人たちへのイメージ・印象が変わった。
②オンライン+電話のみでビジネスを完結することに違和感がなくなった。
③英語の実践力が身についた。日本人がいない環境、英語だけで展開される環境がこわくなくなった。自然体で臨めるようになった。
④”自分でやるべき”と考えていたことを人にお願いすることに抵抗がなくなった(特にメイドさん)。
⑤”やりたいこと”や”ありたい姿”に素直に。年齢に対するバリアがなくなった。
⑥将来の選択肢が広がった。もっと柔軟に自由に生きていいよね、とより思えるようになった。

④”自分でやるべき”と考えていたことを人にお願いすることに抵抗がなくなった(特にメイドさん)。
シンガポールでは共働きの世帯が多いこともあって、家に住み込みのメイドさんを雇っている家庭がごく普通にあります。
特別裕福な家庭だけではなく、一般家庭でも、フルタイムもしくはパートタイムでメイドさんを雇っています。メイドさんに何をお願いできるかというと、基本的に掃除や家事(食事の用意を含む)全般、それに子どものお世話なども。具体的にどこまでをお願いするかは家庭によって、またメイドさんによって異なるかと思います。

私が最初に”メイドさんにお願いする”ということを経験したのは、シンガポールに引っ越して最初に住んだおうち。当時はルームシェアをしていて、シンガポール人そしてタイ人のフラットメイトと3ベットルームのコンドミニアムをシェアしていて、そこにメイドさんに来てもらっていたのが最初でした。単身用の1ベットルームの住居が少なく家賃が高いシンガポールでは単身者(もしくはカップル、場合によっては子どもがいても!)は大きなファミリータイプの住居をシェアするのが一般的で、そうした家でもメイドさんをパートタイムで雇っています。シェアメイト同士で掃除の分担をするのが面倒だったりストレスになる場合もあるのでとても便利。

日本の文化では”誰かを自分の家(空間)にあげる”前に家を片付ける、というのがあると思います。30年間日本で暮らしてきた私の中にももちろんその概念はあって、はじめはメイドさんが自分の部屋に入ってくることに慣れなくて、メイドさんが部屋に入ってくる前に自分で自分の部屋を片付けはじめる私。よく考えたら意味ないですよね。メイドさんは片付け・掃除しに来てくれてるわけだから(笑)でも慣れると本当に便利で、自分でやろうと思ったらやれるけど、あまり気の進まないこと、もしくは得意ではないことを誰かにお願いするってある意味とても合理的だなと思います。そして自分のやりたことに集中できて、生活が快適になる。現在は一人暮らしをしているのですが、月に2度ぐらい1回あたり2-3時間程度メイドさんに来てもらっています。お願いするのは、毎日自分で簡単な片付けや掃除はするけど、なかなか億劫になりがちな床の拭き掃除や、バスルーム、水周りの入念な掃除など。洗濯物もお願いすればやってもらえるけど、私自身そこは自分でやりたいというこだわり(?)があってお願いしていません。シーツを替えたり、アイロンをかけたり、ということもお願いすればやってもらえます。ラッキーなことにとても信頼できるメイドさんに出会えたので、いつも私がいない間に掃除をしに来てくれて部屋がきれいになっていて、2週間に1回きてもらえるだけでも本当に助かっています。

最近ニュースなどで日本でも外国人のメイドさんを使えるようにしようという動きや家事代行のサービスが以前よりも使われるようになってきているのを耳にします。一方で日本でそうしたサービスがなかなか広がりにくい背景には、掃除や家事全般は倫理観の醸成や教育の一環として”自分でやるべきこと”として捉えられている側面が強いことがあると思います。私自身の中にもありました。確かに小さい頃からそういう姿勢を学んで、ある程度自分でもできるようにしておくことはとても大事なことだと思います。でも、自分の生活・人生の中でやらなくてはならないことが増えてきたら、自分じゃなくてもできることはお金を払ってアウトソースをするのは必要なことだなと感じるようになりました。自分でビジネスをする場合もそうですよね。自分一人で全部やろうとしたらいろいろな面で制約がある。だから、人を雇って自分でやっていたことを任せたり、自分が得意ではないことをやってもらったり。

私自身、シンガポールに引っ越して、こういうことが当たり前だという世界を見なければ、こういう考えにはなっていなかったはず。そのまま結婚したりしていたりしたら、仕事をしながら家事も完璧にこなそうとしてストレスがたまったり、家事をアウトソースをするというも罪悪感を感じてできなかったかもしれません。日本の女性たちが自分の人生・生活をより充実して円滑にしていくために外部のリソースを活用する、という概念はもっともっと広まっていったらいいなと思います。

⑤”やりたいこと”や”ありたい姿”に素直に。年齢に対するバリアがなくなった。
日本社会では、何かやりたいことがあったときに”自分のやりたいという気持ち”よりも”世の中(世間)からどう見られるか”がそのやりたいことをやるかどうかの大きな判断材料になることが多い。海外ではそれがまったくない、というわけではありません。でも”世の中(世間)からどう見られるか”を気にする度合いは日本よりは低いように感じます。

シンガポールでの2年間の生活の中で、シンガポールの中でもたくさんの国籍や民族的バックグラウンドの人に出会いました。またこの2年間の間にいろいろな国に旅行にもいったので、そこでも様々な人たちと出会いました。出会った人たちの中で『チャーミングな人』を観察していると、喜怒哀楽がはっきりしていたり、気持ちが素直だったり、フットワークが軽かったり。周りにどう思われるとか、年齢がどうとか、そういうことの前にもう心や身体が動いてしまっている人。そういう可愛いくてチャーミングな素敵な大人の女性にたくさん出会えたことで、自分の中の心のバリア、特に年齢に対するバリアがなくなりました。
(これについては以前関連する記事を書きました。ご興味のある方はこちらから:『Eye-opening Retreat in Bali: 独身でも、結婚しても、子どもがいても、いくつになっても、個として、女として生きていく。』

そうそう、シンガポールでは以前からやりたいと思っていた英語の歌でパフォーマンスをする機会にも恵まれました。
これも日本だったらいろいろなことを理由にチャレンジしにくかったことのひとつかもしれません。
(写真は、シンガポールのリッツカールトンホテルのラウンジでソロで歌わせていただく機会を頂いたときのもの)

それから日本だと、30歳前後になると結婚しなくてはいけない、結婚をしていないと何か問題がある人もしくはかわいそうな人(笑)みたいな空気感もあると思います。もちろん30歳前後での結婚というのは、生物学的に見ても自然だし、日本社会だけではなく、海外でも平均をとったらそれぐらいまでに結婚する人が多いのではないかと思います。でも結婚していなくても、素敵な男性・女性はたくさんいるし、結婚するのもしないのものひとつの選択でしかなくて、その人の価値を規定するものではない、と。日本にいた頃は、結婚する予定もないし、むしろどんどん自分のやりたいことに突き進んでいく自分に『これでいいかな・・』とどこからともない不安のような焦燥感のようなものを心の底で感じていたこともありましたが、いまはそれがなくなりました。私の人生の中で、今は自分自身のためにたくさん時間を使って、いろんな経験をして、能力をつけて、もっと世の中に価値を発揮できるようになるための準備期間。そういう自分自身を発揮していく道のりの中で、気があう人がいたら結婚するだろうし、そうではなかったらそれはそれでいいかなって(笑)。

よけいな周りの情報に振り回されずに、自分のやりたいことやありたい姿に素直でいる力を身につけつつあるのも、この2年間のシンガポール生活でのひとつの成果かなと思います。

⑥将来の選択肢が広がった。もっと柔軟に自由に生きていいよね、とより思えるようになった。
⑤にも書いたとおり、この2年間の中でいろいろな人に出会いました。それまでの30年間の日本での生活の中でももちろんいろいろな人に出会ったし、日本人だけではない、いろいろな国のお友達もいました。でもここシンガポールで出会った人たちは、生まれた場所もいろいろだったり、育ってきた国もいろいろだったり、両親や家族のバックグラウンドもいろいろだったりして、でもいま何かしらの理由(多くの場合が仕事)でシンガポールにいる。これは他民族国家であり、ビジネスハブのシンガポールならではの現象だと思います。

そういういろんな人たちの生き方を見ていると、あーもっと自由でいいんだなーと。もっと寄り道してもいいし、もっといろんな場所に住んでもいいし、そしてちょっとやそっとやんちゃなことをしても、そうそう生活できなくなることもない。
日本で生まれて、育って、ストレートで大学に入って、卒業してすぐに働き始めて・・という日本人としてごくありふれた道を歩んできた私の人生ですが、もっと自由に生きてもなんとかなりそうだな、と思えるようになりました。

日本にいた時にももちろん自分の人生の先のことなんてわからなかったけど、でもなんとなく日本にいて、その先に想像できる未来がありました。一方でシンガポールに引っ越してからは、人生や日々の生活を築いていく土台(土地)そのものが変わってしまい、自らの選択でシンガポールに引っ越したにも関わらず、先のことが見えなすぎてしんどかったこともありました。この先、このままシンガポールにいるのか、日本に戻るのか、はたまたそれ以外の国にいくのか。極端なことを言えば、来年自分がどこで何をしているのかわからない、という状態です。

最近はそういう状況にも慣れてきて、わからないなりにも、この先こういう風に生きていきたいというのが見えてきた気がするので、それを実現する方法を今年は具体的に少しずつ探っていく予定です。いま描いている姿は、日本にいた頃の自分だったら考えなかったような自分の姿。これが実現できるかどうかはこれからだけど、そういう姿を多少なりとも現実的に描けるようになったのも、この2年間での成果かな。

というわけで、だいぶ長くなりましたがここで後編終了です!

そして最後に。あくまでのこの『シンガポールで生活して変わった6つのこと』は私自身の経験であり、シンガポールに引っ越したら誰もがこのような変化を経験するというものではありません。
人生は、自分が何を目的にするか、またどんなフィルターを通して経験するか、でひとりひとりの経験はまったく異なります。それと同じで、シンガポールでの生活も、ひとりひとりが何を目的にするかによって、またどういうフィルターを通して経験するかによってまったく異なるものになるはずです。

この記事の内容が、読んでくださった方々それぞれの人生に何かしら響くものがあったら、とても嬉しくおもいます。

2017-04-01 | Posted in BlogNo Comments » 

 

Eye-opening Retreat in Bali: 独身でも、結婚しても、子どもがいても、いくつになっても、個として、女として生きていく。

最近またいろいろと自分の中で腑に落ちた感覚があったので、そのことのひとつを忘れないうちに書き残しておこうと思います。

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その『最近腑に落ちたこと』のひとつが、”独身でも、結婚しても、子どもがいても、いくつになっても、個として、女として生きていく”ということ。
“独身でも、結婚しても、子どもがいても、いくつになっても、個として、女として”生きていきたいし、生きていいんだ、ということが最近すーっと腑に落ちました。

誰が決めたのかもわからない”常識”と言われることや世の中や社会からどう見られるか、というようなことと、私たちは日々自分に照らし合せながら生きています。
「⚪︎歳ぐらいになったら、結婚しているのが普通」とか、「結婚したら、子どもを持つのが普通(もしくは幸せ)」とか、「⚪︎歳になったら、××なのは恥ずかしいよね」「妻になったら、××であるべき」「母親になったら、××であるべき」「独身でいると”かわいそう”と思われそう」とかとか。。無意識のうちに刷り込まれていることなので、自分自身でも認識できていないぐらいに頭の中に浸透してしまっている概念も多数あると思います。
こういう概念はたぶん世界のどこにもあるのだと思いますが、特に日本社会は”世間からの見られ方”をとても気にする社会なので、よりそういう概念に縛られて生きていることが多いように思います。

私自身、そういう概念には比較的縛られていないほうだと思っているのですが、そんな私も、日本の女性でいう結婚適齢期(?)に差し掛かった20代後半ぐらいから、「自分の好きなことばかりやっていていいのだろうか。。」「結婚。。将来はしたいような気がするけど、今は正直よく分からない。」「子どもを産むなら早いほうがいいというのはわかっているけど。。」「人生をシェアできるパートナーは欲しい。でも、自分のやりたいこと、生きたい道を生きることも続けたい。そんなことは可能なのだろうか?。。」などなど、世の中の常識と言われることと、自分とを照らし合わせて生きてきました。どこかで、年齢に対する制限、個として、女としての人生をいつまでも楽しむことへのどこからともない恐れや罪悪感を持っていたように思います。

『持っていた』とあえて過去形にしたのは、最近そうした自分の状態が客観視できるようになったから。
そのきっかけは、先日、自分自身の2017年、そして32歳の一年のキックオフという意味で参加したバリ島でのリトリート。
そこで出会い、短い期間だったけれど一緒に過ごした女性たちにinspireされ、”いくつになっても、個として、女として”生きていいんだ、ということが腑に落ちました。

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最近40歳のお誕生日を迎えたフィンランド人女性。もともと国際的に著名な環境保護団体に勤め、現在は環境保護関連のNGOでDirectorを務めてバリを拠点に生活。プライベートではボリウッドの映画監督の彼がいる。

同じく40代の香港出身の女性。フォトグラファーとして活躍中で、だんなさんも国際的な情報機関に写真を提供するような敏腕フォトグラファー。二人のお子さんをバリのGreen Schoolに通わせていて、香港とバリを行き来する生活をしている。

オーストラリア人の親子(母と娘)。お母さんはもともとスコットランド出身。若いときに看護婦としての仕事をしにオーストラリアに渡り、オーストラリア人のだんなさんと結婚。現在も看護婦として活躍中。娘さんは28歳の電気技師。プロジェクトベースの仕事で、数ヶ月仕事をしては、数週間から数ヶ月バリに戻ってくる生活をしている。

リトリートの運営側でリトリート中のVegan Foodを担当してくれた女性。彼女はドイツ出身の40代。13年前にドイツ人のだんなさんと結婚して、8年前にドイツでの生活を離れてだんなさんと世界を旅に出て、いろいろな国を訪れた結果、現在そしてこれからはバリに拠点をかまえようとしている。

そしてリトリートの主催者であるEmmaはイングランド出身。8年ほど前にヨガや自分の精神修行のためにインドに行こうと思ったところ、少し怖くなったので最初の入り口としてまずバリに行くことを選んだことをきっかけに、そのままバリに住むことに。最初はバリのリゾートやスパなどで仕事をしたあと、3年ほど前に自身の会社をバリで設立し、自身のパッションであるInnnertemple retreatの運営やアーティスト活動をしている。

一緒に時間を過ごした6人の女性のこれまでの人生、そして現在のあり方がそれぞれに素敵で。

住み慣れた母国での生活をやめて先のことを決めずにだんなさんと世界旅行に出かけるとか、独身で自分の興味や情熱が湧くことを仕事にしていながらプライベートでは素敵な彼がいるとか、母親でありながら、一人の女性として、仕事でも世界を飛び回って活躍しつつ、プライベートでリトリートに参加したり、友人や自分のために使う時間も持っているとか。世の中の常識、特に日本の常識から考えたら一見ありえないようなこと、世間からの見られ方を気にして遠慮して諦めてしまうかもしれないようなことを実現させていきいき生きている女性たちがいる。そういうことを、この目で見て、直接話して、知れたということ、自分の”目が醒めた”ような感覚でした。そしてその”目が醒めた”瞬間に、”独身でも、結婚しても、子どもがいても、いくつになっても、個として、女として”生きていいんだ、ということが私の中ですーっと腑に落ちていったのでした。

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今回のバリのリトリートでは、主催者のEmmaに言われた言葉”The universe looks after you”(『あなたは、見えない力に見守られているのね』というような意味)を深く実感できるようなことが他にもあって、本当にいろいろな意味で”eye-opening”な旅となりました。

ということで、2017年、32歳の私は、”目が醒めた”私で、ますます自分の生きたい道を突き進んで行く予定。
自分自身の人生を最大限に生きることを大事にしながら、それをシェアすることができるパートナーや家族(自分がつくるという意味での)に近い将来恵まれたらいいな、と思う。というか、そうする(笑)
自分の内側の声に常に耳を傾けて。直感や偶然起こるように見えることを大事に。自分と自分を取り囲む大事な人たちに愛を。そして、いま取り組んでいることを自分が納得できるレベルにするために、これからやりたいことのために、楽しみながら着実に駒を進める一年にしたいとおもいます!

追伸:
私が今回参加した”Inner Temple Retreat”についてはこちらから♡(英語のみ)

2017-01-14 | Posted in Blog, Gallery, TravelNo Comments »