女性の生き方

シンガポールで生活して変わった6つのこと(後編)

シンガポール生活2周年にあたり、この2年間で自分の中で変わったことを振り返る「シンガポールで生活して変わった6つのこと」
前編もだいぶ長文だったにもかかわらず、読んでくださったり、シェアしてくださったり、個別に感想を送ってくださる方までいて、とても嬉しかったです。
それでは今回はに続く後編、④から⑥について掘り下げていきます。

シンガポールで生活して変わった6つのこと
①東南アジアの国々とそこに生きる人たちへのイメージ・印象が変わった。
②オンライン+電話のみでビジネスを完結することに違和感がなくなった。
③英語の実践力が身についた。日本人がいない環境、英語だけで展開される環境がこわくなくなった。自然体で臨めるようになった。
④”自分でやるべき”と考えていたことを人にお願いすることに抵抗がなくなった(特にメイドさん)。
⑤”やりたいこと”や”ありたい姿”に素直に。年齢に対するバリアがなくなった。
⑥将来の選択肢が広がった。もっと柔軟に自由に生きていいよね、とより思えるようになった。

④”自分でやるべき”と考えていたことを人にお願いすることに抵抗がなくなった(特にメイドさん)。
シンガポールでは共働きの世帯が多いこともあって、家に住み込みのメイドさんを雇っている家庭がごく普通にあります。
特別裕福な家庭だけではなく、一般家庭でも、フルタイムもしくはパートタイムでメイドさんを雇っています。メイドさんに何をお願いできるかというと、基本的に掃除や家事(食事の用意を含む)全般、それに子どものお世話なども。具体的にどこまでをお願いするかは家庭によって、またメイドさんによって異なるかと思います。

私が最初に”メイドさんにお願いする”ということを経験したのは、シンガポールに引っ越して最初に住んだおうち。当時はルームシェアをしていて、シンガポール人そしてタイ人のフラットメイトと3ベットルームのコンドミニアムをシェアしていて、そこにメイドさんに来てもらっていたのが最初でした。単身用の1ベットルームの住居が少なく家賃が高いシンガポールでは単身者(もしくはカップル、場合によっては子どもがいても!)は大きなファミリータイプの住居をシェアするのが一般的で、そうした家でもメイドさんをパートタイムで雇っています。シェアメイト同士で掃除の分担をするのが面倒だったりストレスになる場合もあるのでとても便利。

日本の文化では”誰かを自分の家(空間)にあげる”前に家を片付ける、というのがあると思います。30年間日本で暮らしてきた私の中にももちろんその概念はあって、はじめはメイドさんが自分の部屋に入ってくることに慣れなくて、メイドさんが部屋に入ってくる前に自分で自分の部屋を片付けはじめる私。よく考えたら意味ないですよね。メイドさんは片付け・掃除しに来てくれてるわけだから(笑)でも慣れると本当に便利で、自分でやろうと思ったらやれるけど、あまり気の進まないこと、もしくは得意ではないことを誰かにお願いするってある意味とても合理的だなと思います。そして自分のやりたことに集中できて、生活が快適になる。現在は一人暮らしをしているのですが、月に2度ぐらい1回あたり2-3時間程度メイドさんに来てもらっています。お願いするのは、毎日自分で簡単な片付けや掃除はするけど、なかなか億劫になりがちな床の拭き掃除や、バスルーム、水周りの入念な掃除など。洗濯物もお願いすればやってもらえるけど、私自身そこは自分でやりたいというこだわり(?)があってお願いしていません。シーツを替えたり、アイロンをかけたり、ということもお願いすればやってもらえます。ラッキーなことにとても信頼できるメイドさんに出会えたので、いつも私がいない間に掃除をしに来てくれて部屋がきれいになっていて、2週間に1回きてもらえるだけでも本当に助かっています。

最近ニュースなどで日本でも外国人のメイドさんを使えるようにしようという動きや家事代行のサービスが以前よりも使われるようになってきているのを耳にします。一方で日本でそうしたサービスがなかなか広がりにくい背景には、掃除や家事全般は倫理観の醸成や教育の一環として”自分でやるべきこと”として捉えられている側面が強いことがあると思います。私自身の中にもありました。確かに小さい頃からそういう姿勢を学んで、ある程度自分でもできるようにしておくことはとても大事なことだと思います。でも、自分の生活・人生の中でやらなくてはならないことが増えてきたら、自分じゃなくてもできることはお金を払ってアウトソースをするのは必要なことだなと感じるようになりました。自分でビジネスをする場合もそうですよね。自分一人で全部やろうとしたらいろいろな面で制約がある。だから、人を雇って自分でやっていたことを任せたり、自分が得意ではないことをやってもらったり。

私自身、シンガポールに引っ越して、こういうことが当たり前だという世界を見なければ、こういう考えにはなっていなかったはず。そのまま結婚したりしていたりしたら、仕事をしながら家事も完璧にこなそうとしてストレスがたまったり、家事をアウトソースをするというも罪悪感を感じてできなかったかもしれません。日本の女性たちが自分の人生・生活をより充実して円滑にしていくために外部のリソースを活用する、という概念はもっともっと広まっていったらいいなと思います。

⑤”やりたいこと”や”ありたい姿”に素直に。年齢に対するバリアがなくなった。
日本社会では、何かやりたいことがあったときに”自分のやりたいという気持ち”よりも”世の中(世間)からどう見られるか”がそのやりたいことをやるかどうかの大きな判断材料になることが多い。海外ではそれがまったくない、というわけではありません。でも”世の中(世間)からどう見られるか”を気にする度合いは日本よりは低いように感じます。

シンガポールでの2年間の生活の中で、シンガポールの中でもたくさんの国籍や民族的バックグラウンドの人に出会いました。またこの2年間の間にいろいろな国に旅行にもいったので、そこでも様々な人たちと出会いました。出会った人たちの中で『チャーミングな人』を観察していると、喜怒哀楽がはっきりしていたり、気持ちが素直だったり、フットワークが軽かったり。周りにどう思われるとか、年齢がどうとか、そういうことの前にもう心や身体が動いてしまっている人。そういう可愛いくてチャーミングな素敵な大人の女性にたくさん出会えたことで、自分の中の心のバリア、特に年齢に対するバリアがなくなりました。
(これについては以前関連する記事を書きました。ご興味のある方はこちらから:『Eye-opening Retreat in Bali: 独身でも、結婚しても、子どもがいても、いくつになっても、個として、女として生きていく。』

そうそう、シンガポールでは以前からやりたいと思っていた英語の歌でパフォーマンスをする機会にも恵まれました。
これも日本だったらいろいろなことを理由にチャレンジしにくかったことのひとつかもしれません。
(写真は、シンガポールのリッツカールトンホテルのラウンジでソロで歌わせていただく機会を頂いたときのもの)

それから日本だと、30歳前後になると結婚しなくてはいけない、結婚をしていないと何か問題がある人もしくはかわいそうな人(笑)みたいな空気感もあると思います。もちろん30歳前後での結婚というのは、生物学的に見ても自然だし、日本社会だけではなく、海外でも平均をとったらそれぐらいまでに結婚する人が多いのではないかと思います。でも結婚していなくても、素敵な男性・女性はたくさんいるし、結婚するのもしないのものひとつの選択でしかなくて、その人の価値を規定するものではない、と。日本にいた頃は、結婚する予定もないし、むしろどんどん自分のやりたいことに突き進んでいく自分に『これでいいかな・・』とどこからともない不安のような焦燥感のようなものを心の底で感じていたこともありましたが、いまはそれがなくなりました。私の人生の中で、今は自分自身のためにたくさん時間を使って、いろんな経験をして、能力をつけて、もっと世の中に価値を発揮できるようになるための準備期間。そういう自分自身を発揮していく道のりの中で、気があう人がいたら結婚するだろうし、そうではなかったらそれはそれでいいかなって(笑)。

よけいな周りの情報に振り回されずに、自分のやりたいことやありたい姿に素直でいる力を身につけつつあるのも、この2年間のシンガポール生活でのひとつの成果かなと思います。

⑥将来の選択肢が広がった。もっと柔軟に自由に生きていいよね、とより思えるようになった。
⑤にも書いたとおり、この2年間の中でいろいろな人に出会いました。それまでの30年間の日本での生活の中でももちろんいろいろな人に出会ったし、日本人だけではない、いろいろな国のお友達もいました。でもここシンガポールで出会った人たちは、生まれた場所もいろいろだったり、育ってきた国もいろいろだったり、両親や家族のバックグラウンドもいろいろだったりして、でもいま何かしらの理由(多くの場合が仕事)でシンガポールにいる。これは他民族国家であり、ビジネスハブのシンガポールならではの現象だと思います。

そういういろんな人たちの生き方を見ていると、あーもっと自由でいいんだなーと。もっと寄り道してもいいし、もっといろんな場所に住んでもいいし、そしてちょっとやそっとやんちゃなことをしても、そうそう生活できなくなることもない。
日本で生まれて、育って、ストレートで大学に入って、卒業してすぐに働き始めて・・という日本人としてごくありふれた道を歩んできた私の人生ですが、もっと自由に生きてもなんとかなりそうだな、と思えるようになりました。

日本にいた時にももちろん自分の人生の先のことなんてわからなかったけど、でもなんとなく日本にいて、その先に想像できる未来がありました。一方でシンガポールに引っ越してからは、人生や日々の生活を築いていく土台(土地)そのものが変わってしまい、自らの選択でシンガポールに引っ越したにも関わらず、先のことが見えなすぎてしんどかったこともありました。この先、このままシンガポールにいるのか、日本に戻るのか、はたまたそれ以外の国にいくのか。極端なことを言えば、来年自分がどこで何をしているのかわからない、という状態です。

最近はそういう状況にも慣れてきて、わからないなりにも、この先こういう風に生きていきたいというのが見えてきた気がするので、それを実現する方法を今年は具体的に少しずつ探っていく予定です。いま描いている姿は、日本にいた頃の自分だったら考えなかったような自分の姿。これが実現できるかどうかはこれからだけど、そういう姿を多少なりとも現実的に描けるようになったのも、この2年間での成果かな。

というわけで、だいぶ長くなりましたがここで後編終了です!

そして最後に。あくまでのこの『シンガポールで生活して変わった6つのこと』は私自身の経験であり、シンガポールに引っ越したら誰もがこのような変化を経験するというものではありません。
人生は、自分が何を目的にするか、またどんなフィルターを通して経験するか、でひとりひとりの経験はまったく異なります。それと同じで、シンガポールでの生活も、ひとりひとりが何を目的にするかによって、またどういうフィルターを通して経験するかによってまったく異なるものになるはずです。

この記事の内容が、読んでくださった方々それぞれの人生に何かしら響くものがあったら、とても嬉しくおもいます。

2017-04-01 | Posted in BlogNo Comments » 

 

シンガポールで生活して変わった6つのこと(前編)

ちょうど今月の3月25日でシンガポールの生活が3年目に突入しました。
前回の記事でも書いたように、4月以降、より本格的なシンガポール生活3年目が始まる前に、この2年で自分の中で変わったことを、気がつく範囲で残しておこうと思います。

ざっくり”社会的なこと”から”個人的なこと”という流れで羅列して記載しています。

シンガポールで生活して変わった6つのこと
①東南アジアの国々とそこに生きる人たちへのイメージ・印象が変わった。
②オンライン+電話のみでビジネスを完結することに違和感がなくなった。
③英語の実践力が身についた。日本人がいない環境、英語だけで展開される環境がこわくなくなった。自然体で臨めるようになった。
④”自分でやるべき”と考えていたことを人にお願いすることに抵抗がなくなった(特にメイドさん)。
⑤”やりたいこと”や”ありたい姿”に素直に。年齢に対するバリアがなくなった。
⑥将来の選択肢が広がった。もっと柔軟に自由に生きていいよね、とより思えるようになった。

それではここから、このひとつひとつについて掘り下げていきたいと思います。
長くなるので前編と後編に分けることにしました。今回は前編。ご興味のある方はお付き合いください。
(それ以外の方は流し読みでお願いします笑)

①東南アジアの国々とそこに生きる人たちへのイメージ・印象が変わった。
最初からぶっきらぼうな発言になりますが、日本人の『東南アジア』に対する見方・目線はどこか上から目線なところがあるなと感じています。日本は”発展”した国で、東南アジアは”発展途上”の国々。生活水準や教育水準などにおいて日本の方が”上”、あるいは東南アジアの人々と日本人を比べると日本人の方が様々な意味で”豊か”な生活を送っているというような、そんな漠然としているイメージを持っている人が多いのではないでしょうか。そういうなんとなくのイメージが自分の中にも知らず知らずのうちにあって、日本での生活の中で触れていたニュースや様々なメディアからの情報からそうした漠然としたイメージが出来上がってしまっていたことに、私自身シンガポールに引っ越してから気づかされました。

『東南アジア』とひとくくりにいっても様々な国があり、それぞれに特徴があります。特に私がいま生活をしているシンガポールは特殊な存在。東南アジアひいてはアジアのビジネスハブとして近年急速な発展を遂げた国です。その背景から、シンガポールにいる人たちは、シンガポール国内で完結する仕事ではなく、東南アジアやアジアでのビジネスの統括拠点としての役割に関わる仕事をしている人が多くいます。つまりシンガポールに住んで暮らしてはいるけれど、常に周辺諸国を飛び回っていたり、シンガポールにいながらにして違う国々のビジネスをマネジメントしていたりすることが多々。そういう背景もあって、シンガポールには様々な国籍や民族的なバックグラウンドを持った多種多様な人が生活しています。シンガポールに外国人として生活している人も、いわゆるオフィスワーク・ホワイトカラー的な仕事をしている人から、道路工事やメイドとしての仕事などのブルーワーク的なお仕事をしている人まで様々。

日々生活していて、直接触れ合ったり友達になったりするのはほとんどがホワイトカラーの仕事をしているシンガポール人もしくはシンガポール人以外の外国人ですが、とても優秀な人が多いなと感じます。何を持って”優秀”だと感じているかというと、主にコミュニケーション能力(話していて感じる物事への理解力やその背景にある知識など)、語学力、そして現在している仕事、などの要素から。母国がベトナムやインドネシアなどの東南アジアの友人の中には、家族の方針で高校、もしくは大学からシンガポールで生活しているという人も少なくありません(シンガポール政府が、大学卒業後3年間はシンガポールで働くことを条件に奨学金を出して優秀な学生をシンガポールに呼んでいる背景もあります)。彼らは、英語が母国語もしくは母国語のほかに英語が不自由なく使えて、(もしくはもうひとつぐらい他の言語が話せて)ビジネスができる。

日本で生まれ、日本で教育を受け、日本で社会人としてのキャリアをスタートし数年経験してきた自分と比較をすると、日本の外の全てが英語で展開される世界での実践力・即戦力性は明らかに彼らのほうが上。日本人は、海外にいても何かしら日本と関わる、もしくは日本語が必要とされる仕事をしている人が多いように感じます。私自身の現在の仕事もそうです。でもシンガポールには、自分が”ナニジンである”とか”ナニゴを話す”かとかはまったく関係なく、自分の持つビジネス経験を使って、自分の母国語ではない様々な国と、英語でビジネスをしている人がたくさんいます。そういう友人たちにたくさん出会って、それぞれのこれまでの人生のこと、仕事のことなどを話していると、『日本の外の土俵での私の価値ってなんだろう』というなんとも言えない敗北感(?)と危機感と、”それでもなんとか自分がなりたい自分にたどり着くんだ!”という負けず嫌い精神(?)が入り混じったなんとも言えない気持ちにいつもなります。

東南アジア周辺諸国のニュースや情勢は、仕事を通してまたニュースなどのメディアを通して、物理的・心理的に距離のあった日本にいた時よりもたくさん入ってきます。確かに日本と比べると、貧富の差が激しかったり、発展していて都会的な生活ができるのは首都を中心とした一部の都市だけ、という国もたくさんあります。でもインターネットやテクノロジーの発達で、お金をあまり持っていなくても、様々な情報が得られたり、何かのきっかけで社会的に成功するチャンスが掴めたりする可能性が一昔前よりも増えてきている気がします。東南アジアのスタートアップシーンも盛り上がっていて、若い労働力がたくさんある国、人口が増えている国にはいろいろな意味で可能性を感じます。

なかなかこの感覚のすべてを言葉で表しきることができずもどかしい。これはやっぱり住まないと見えてこない感覚だと思う。シンガポールにきてから2年間の間に、私とって『東南アジア』は、それぞれの国に対するイメージも、またそこに生きる人たちのイメージも、まったく変わりました。そしてそれによって、日本という国の課題、日本という国への危機感、そして自分自身の人生に対しても緊張感を持つになりました。

②オンライン+電話のみでビジネスを完結することに違和感がなくなった。
これはシンガポールに引っ越したから、というよりは、私自身がシンガポールに引っ越して新しく始めた仕事・業界による影響が大きいと思います。
現在私がシンガポールでしている仕事は『プライマリー・リサーチ』と呼ばれる業界。クライアントは主に戦略系コンサルティングファーム、PE/HFなどの投資関連企業、事業会社の経営企画部等が対象で、クライアントの依頼に応じてクライアントと世界中の有識者(アドバイザー)をつなげ、時間単位でコンサルテーション(電話もしくは対面)の場をアレンジする仕事をしています。有識者であるアドバイザーは現在どこかの大手また中小企業にお勤めの会社員の方もいれば、フリーランス、会社経営者など様々。日々複数のクライアントから様々な内容のご依頼をいただき、今世界で、世の中で、どんなことがHotなトピックなのか、世の中がどういう方向に流れているのかを垣間見える今の仕事はとても面白いです。また前職(人材紹介・転職支援業界)や個人事業をしていた時に感じていた『個人の知識や能力、可能性はひとつの仕事や会社にだけではなく、様々なかたちで活かされるべきでは』という自分の中の課題意識にこの仕事を通して取り組むことができていることもとてもやりがいを感じます。

一方、私自身は主に日本に所在する企業(日系・外資を含む)を担当していることもあり、基本的に日々のクライアントとの連絡はほとんどがメールと電話で完結。(ちなみにメールと電話の割合は8対2ぐらい。またメールのうち、英語と日本語の割合は7対2ぐらいで英語のほう多いです。)もともと大学卒業後からシンガポールに引っ越すまでの約8年間の社会人生活では、営業やヘッドハンターなど”人と直接会ってなんぼ”という仕事をしていたので、この仕事をはじめた当初、クライアントと直接顔を会わせないこと、また依頼を頂いた際に”足を運んでの挨拶”をしにいかないことにものすごい違和感を感じていました。依頼主とも依頼先とも直接顔を合わせずに完結するビジネス。

でもしばらくして少しずつ業務に慣れてくると、ただでさえ忙しいクライアントにわざわざ”挨拶”だけのために私たちに時間をもらうのはある意味非効率的だし、依頼されたことに対して結果を出してクライアントに喜んでもらえれば、”挨拶”にいかなくても次の依頼がくる。また成果を出せば、”挨拶”にいかなくてもクライアントの紹介がくることも分かってきました。そんなことを通して、これまでの社会人生活8年間のうちに、自分の中に『お金稼ぎは、足を稼ぐからこそできること』という概念がしらずしらずのうちに出来上がっていたことも見えてきました。

“挨拶”の効果がまったくない、と言いたいわけではありません。やっぱり”直接会う”からこそできるコミュニケーション、得られる情報があると私自身強く思っています。また日本はビジネスシーンにおいて”とりあえず挨拶にいく”とか”足繁く通う”といったことに価値がおかれていることが多いこともあり”直接会うこと”が疑いのない当たり前のことになっています。一方でよく考えてみると”直接会う”ことのコストは以外と高くつきます。移動時間、交通費、待ち時間、場所代、飲食代などなど。。これだけテクノロジーが発達した世の中です。直接会わなくても質高くコミュニケーションする手段はたくさんあるはず。その上で、”直接会う”ということの価値をより認識して、本当に必要な場面でそれを使う。そういう風に効率化できることがまだまだあるのではないでしょうか。今の仕事やビジネスに出会わなければ、私自身おそらくこういう発想にはならなかったかもしれません。

この変化は”シンガポールで生活したから”というよりは、”いまの業界・仕事にであったから”の変化という部分が多いですが、それでもやっぱりシンガポールにいながらにして日本のクライアントの対応をするという物理的に”直接会う”ということが頻繁には難しいという制約があったからこそ生まれた変化かな、とも思います。
(ちなみにクライアントと直接会わないと言いましたが、四半期に一度程度上司が日本に出張し、まとめて”挨拶”にいっています。)

③英語の実践力が身についた。日本人がいない環境、英語だけで展開される環境がこわくなくなった。自然体で臨めるようになった。
実践的な英語力を身につけることは、私自身がシンガポールに引っ越した大きな理由のひとつでもあります。
私自身は2年前にシンガポールに引っ越すまで海外”住んだ”経験は一度もありません。海外旅行は、小さな頃に両親に連れられるがままにいろいろな国にいったのにはじまり、大学生や社会人になってからは自分でもいろいろな国に足を運びました。それでも最長の海外滞在は一ヶ月弱ぐらい。英語を身につけたのは日本の中学校・高校での勉強と大学受験の勉強。それから大学はICU(国際基督教大学)に進学したので、”英語で”授業を受ける機会がたくさんあったほか、留学生や帰国子女の友達と知り合うことも多く、その中で勉強を続けました。大学卒業後は日本の会社に就職したので特に”英語を使うこと”は目的にしていませんでしたが、私がICU出身だということを知っていた上司が『おまえ、ICU出身だから英語できるんだろう?外資系のクライント担当な!』という極めてざっくりした理由で外資系クライアント(主に金融機関)の担当になり、仕事で英語を使うことになったのでした。このことがきっかけでのちに仕事でも英語が使えるようになり、結果的に海外でも仕事ができるようになったこともあり、当時の上司にはとても感謝しています。

とはいえ、海外にきたから、シンガポールに引っ越したから、といってすぐに英語が上達するわけではまったくありません。特にシンガポールは『シングリッシュ』と呼ばれる独特のローカルの英語があって、発音や文法が中国語やマレー語などの影響を受けたオリジナルな英語。ひとによって差はありますが、シンガポール人は普段シングリッシュをベースに話しているので、そういうやり取りを毎日聞いているとだんだんわかるようになってくる一方で、自分の英語もシングリッシュになってきそうになります。ウエスタンネイティブですらシングリッシュの影響を受けるようで、シングリッシュの感染力はだいぶ強め(笑)(地元のシンガポール人の若い人たちは、このシングリッシュと通常の英語を状況に応じて使い分けることができる人が多くいます。例えば友達同士はシングリッシュで話すけど、ビジネスシーンにおいては通常の英語を話す、など)。またシンガポールには多数の日本人が住んでいます。その数は3万5000人ぐらいとか。そうなると、仕事で日本と関わる仕事をして日本語を使い、プライベートでは日本人の友達と一緒にいる時間が多く日本語で話す、という日本での生活の延長のようなかたちで生活することも可能です。英語の上達を求めていない人にとってはとても便利で暮らしやすい環境だと思いますが、英語を上達させたい人は強い意志を持って生活することが必要な環境でもあります。

私自身、上記にも書いたようにビジネスの場での英語はお手本がないままに自己流。そんな中シングリッシュの影響もあったりして、自分が正しい英語を書いたり話したりしているのかわからなくなることが多々。そこで今一度英語を復習しようと、学校に通いました。最初はグループレッスンで数ヶ月ほど2週間に1回程度で集中的に文法の復習。そのあとはプライベートレッスン(1対1)に切り替えて、日々の仕事でのメールのやり取りなども細かくフィードバックしてもらいました。先生はシンガポール人ですが、小さいころからイギリスで育ち教育を受け、結婚して子どもが生まれるまでイギリスでキャリアを積んでいた先生です。またシンガポールの生活ではできる限り自分自身を英語の環境に身を置くようにしています。学校での英語の文法的な復習を続けながら、日々いろいろなバックグラウンドの友人と会って話したり、ヨガや歌などの習いごとも日本人がいない環境ですべて英語でインストラクションを受けるようにしたり、興味のあるトピックのイベントに顔を出してパネリストの話を聞いたり、新しい人と出会ったり。。

そんな風に無我夢中で過ごしているうちに、シンガポールに引っ越してきたばかりのころに感じていた英語だけの環境に行くときの緊張感みたいなものが気がついたらなくなっていました。耳で聞く情報はもちろん、目で得る情報も、以前は日本語のほうが受け取りやすいと感じていたけれど、いまではWeb上や本などで英語で情報を見つけること、得ることが自然にできるようになり、英語の読書も苦ではなくなりました。またシンガポールはいろんなアクセントの英語を話す人がいるので、決して聞きやすいアクセントの英語ではなくても、理解してコミュニケーションをとるサバイバル力も身についた気がします(笑)あと、ごく最近の変化は、以前は少しでも日本語を使うと、自分の中の『英語脳』が後戻りして、日本語が心地よいほうに戻ってしまう気がしていたのですが、最近は日本脳と英語脳を頻繁に頭の中でスイッチしても、後戻りを感じず、ストレスも感じにくくなりました。

とはいえまだまだ課題もたくさん。やっぱりまだボキャブラリーが足りなくて、言いたいことを最大限に伝えられないこともよくあります。また一対一や少人数を対象にしたコミュニケーションは問題がないけれど、プレゼンテーションなど大勢を前に話す話し方はまだまだ経験が足りないし、訓練が必要だなと感じます。最初はネイティブのようになろうとしてそれが難しくてしんどかったど、今はネイティブではないなりに、仕事において、プライベートにおいて、”こんな風になれたらいいな”という目標が見えてきました。ここからはまたそれに向けて一歩ずつ努力するのみです。

さて、だいぶ長くなったので続きは後編で!

2017-03-30 | Posted in BlogNo Comments » 

 

誰のものでもない自分の人生を最大限に生きる – 激動の2年間を振り返る

最近年が明けたと思ったら、もう3月。
年々時間の体感速度が加速度をあげていきます。。
そう、3月と言えば!私にとって、シンガポールに引っ越した日のことを思い起こさせる月。
忘れもしない2015年の3月25日にこの土地に住むために降り立ったのでした。
引っ越しをしたタイミングとほぼ同時にライフハッカーに寄稿した記事も掲載されました。
『30年間日本で生まれ育った私が、今シンガポールで新たにチャレンジする理由』

引っ越してすぐは、あたり前ですが、これまでの私の30年間の日本を中心とした人生の延長線上にシンガポールでの生活が始まって。
生活し始めてしばらくして、ここ(シンガポール)での生活は、これまでの人生の延長ではなく、これまでの自分の人生とは少し切り離して、文字通り人生の新たな『章』の幕開けとして捉えなければ、うまく心と頭が整理できないようなこともたくさんありました。

シンガポールでの生活を”人生の新たな「章」の幕開け”として捉えることが腑に落ちて、少しずつ前向きになって動きだせるようになったのは、2015年の9月ぐらいから。引っ越しをしてから実質6ヶ月、約半年が経過した頃でした。
これは自分でもまったく予想外の状況。シンガポールに引っ越すことは自ら選択して選んだこと、自分がどうしても実現したかったこと。それなのに、なぜか「あのまま日本に残っていたらどうなっていただろう。。」とか、なんだか身体はシンガポールにいるけど、心は日本・東京においてきてしまったような感覚でした。今となっては懐かしい。。(”懐かしい”と思えるようになってよかったw)

そして、やっぱり意志のあるところに道はひらける。心と頭の整理がついて、”人生の新たな「章」の幕開け”であることが腑に落ちた2015年9月頃からは、シンガポールで親しいお友達、特に兼ねてから欲しいと思っていたいろんな国籍・バックグラウンドの親しいお友達ができはじめて、自分が欲しいなーと思っていた場や情報に出会えるようになってきて。友達作りにはじまり、英語がベースで展開される世界の中で必要な情報を手繰り寄せること、そして自分が望む環境を手に入れること。これまで日本での生活で当たり前のようにあった基盤がなくなって、それを0から作り上げるのは、まさに新たな人生を構築している感覚(そして今もそれはいまも続いています)。そんなこんなで、なんとか土台ができた上で過ごした2016年は、仕事でも、プライベートでもチャレンジングなことはあったけど、結果的には総じてとても充実した1年でした。

そんな折、ライフハッカーでの執筆でご縁を頂いた編集長の米田さんの新しい著作に、私のシンガポール移住についてのインタビュー記事を掲載いただきました。


こちらの本には日本国内そして海外に何かしらのきっかけで移住をした20代から40代ぐらいの様々な肩書きで現代を生きている日本人のリアルストーリーが掲載されています。私の場合、自分なりにいろいろと情報収集や検討をした結果、具体的に海外への引っ越しについて動きはじめたときにはある程度シンガポールに的を絞っていました。でもこの本を読むと私が想像もしたこともない場所への移住を、様々なかたちで、でも現実的に実現された方々のお話が多数掲載されていて、読んでいるだけ、自分の今後の可能性が広がるような気がしてワクワクする本です。

自分自身取材して頂いた内容を読むと、いろいろとこの2年のことが思い起こされ、また書いて頂いた内容に今の自分が鼓舞されるような感覚(笑)昨今『働き方』の改革が叫ばれていますが、これからは『働き方』や『住む場所』を含めた『生き方』の多様性が求められるし、実現できる時代。私にとってシンガポールは、自分自身がこれからに思い描く『なりたい自分』を実現できるようになるための現在の自分にとってのベストの修行の場。そしてこれからに思い描く私のこの先の人生のある意味での新たなスタート地点。

シンガポールに引っ越してからの2年間、あっという間に過ぎてしまったけど、2年前の自分と比較をするといろんなことが変わりました。
生まれ育った日本を基盤として作られた自分自身のものごとの見方、広く言えば人生の捉え方をはじめて少し客観的に見られるようになりました。自分がどんな考え方・価値観にとらわれてきたのかも。
抱えていたものがたくさんあったからこそ、手放せななければならなかったこと、半ば強制的に手放さざるを得なかったこともたくさんありました。一方で”それらを手放してでも得たかった経験をぜったい成し遂げるんだ”という強い思いがこの2年間(そして今も)私を心の底で支えてくれました。

最近は、そんな風に自分を少し客観的に見ようとしながら、この2年間で広がった新しい仕事での経験・プライベートでの経験を通じて、これからの人生で自分が大事にしたいこと、自分が信じる世界観を、再構築しているところです。

今月は、私のシンガポール生活2周年を記念して(?)私の中でこの2年で変わったことを具体的に書き残しておこうと思います。(たぶんw)どうぞお楽しみに!

2017-03-01 | Posted in BlogNo Comments » 

 

Eye-opening Retreat in Bali: 独身でも、結婚しても、子どもがいても、いくつになっても、個として、女として生きていく。

最近またいろいろと自分の中で腑に落ちた感覚があったので、そのことのひとつを忘れないうちに書き残しておこうと思います。

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その『最近腑に落ちたこと』のひとつが、”独身でも、結婚しても、子どもがいても、いくつになっても、個として、女として生きていく”ということ。
“独身でも、結婚しても、子どもがいても、いくつになっても、個として、女として”生きていきたいし、生きていいんだ、ということが最近すーっと腑に落ちました。

誰が決めたのかもわからない”常識”と言われることや世の中や社会からどう見られるか、というようなことと、私たちは日々自分に照らし合せながら生きています。
「⚪︎歳ぐらいになったら、結婚しているのが普通」とか、「結婚したら、子どもを持つのが普通(もしくは幸せ)」とか、「⚪︎歳になったら、××なのは恥ずかしいよね」「妻になったら、××であるべき」「母親になったら、××であるべき」「独身でいると”かわいそう”と思われそう」とかとか。。無意識のうちに刷り込まれていることなので、自分自身でも認識できていないぐらいに頭の中に浸透してしまっている概念も多数あると思います。
こういう概念はたぶん世界のどこにもあるのだと思いますが、特に日本社会は”世間からの見られ方”をとても気にする社会なので、よりそういう概念に縛られて生きていることが多いように思います。

私自身、そういう概念には比較的縛られていないほうだと思っているのですが、そんな私も、日本の女性でいう結婚適齢期(?)に差し掛かった20代後半ぐらいから、「自分の好きなことばかりやっていていいのだろうか。。」「結婚。。将来はしたいような気がするけど、今は正直よく分からない。」「子どもを産むなら早いほうがいいというのはわかっているけど。。」「人生をシェアできるパートナーは欲しい。でも、自分のやりたいこと、生きたい道を生きることも続けたい。そんなことは可能なのだろうか?。。」などなど、世の中の常識と言われることと、自分とを照らし合わせて生きてきました。どこかで、年齢に対する制限、個として、女としての人生をいつまでも楽しむことへのどこからともない恐れや罪悪感を持っていたように思います。

『持っていた』とあえて過去形にしたのは、最近そうした自分の状態が客観視できるようになったから。
そのきっかけは、先日、自分自身の2017年、そして32歳の一年のキックオフという意味で参加したバリ島でのリトリート。
そこで出会い、短い期間だったけれど一緒に過ごした女性たちにinspireされ、”いくつになっても、個として、女として”生きていいんだ、ということが腑に落ちました。

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最近40歳のお誕生日を迎えたフィンランド人女性。もともと国際的に著名な環境保護団体に勤め、現在は環境保護関連のNGOでDirectorを務めてバリを拠点に生活。プライベートではボリウッドの映画監督の彼がいる。

同じく40代の香港出身の女性。フォトグラファーとして活躍中で、だんなさんも国際的な情報機関に写真を提供するような敏腕フォトグラファー。二人のお子さんをバリのGreen Schoolに通わせていて、香港とバリを行き来する生活をしている。

オーストラリア人の親子(母と娘)。お母さんはもともとスコットランド出身。若いときに看護婦としての仕事をしにオーストラリアに渡り、オーストラリア人のだんなさんと結婚。現在も看護婦として活躍中。娘さんは28歳の電気技師。プロジェクトベースの仕事で、数ヶ月仕事をしては、数週間から数ヶ月バリに戻ってくる生活をしている。

リトリートの運営側でリトリート中のVegan Foodを担当してくれた女性。彼女はドイツ出身の40代。13年前にドイツ人のだんなさんと結婚して、8年前にドイツでの生活を離れてだんなさんと世界を旅に出て、いろいろな国を訪れた結果、現在そしてこれからはバリに拠点をかまえようとしている。

そしてリトリートの主催者であるEmmaはイングランド出身。8年ほど前にヨガや自分の精神修行のためにインドに行こうと思ったところ、少し怖くなったので最初の入り口としてまずバリに行くことを選んだことをきっかけに、そのままバリに住むことに。最初はバリのリゾートやスパなどで仕事をしたあと、3年ほど前に自身の会社をバリで設立し、自身のパッションであるInnnertemple retreatの運営やアーティスト活動をしている。

一緒に時間を過ごした6人の女性のこれまでの人生、そして現在のあり方がそれぞれに素敵で。

住み慣れた母国での生活をやめて先のことを決めずにだんなさんと世界旅行に出かけるとか、独身で自分の興味や情熱が湧くことを仕事にしていながらプライベートでは素敵な彼がいるとか、母親でありながら、一人の女性として、仕事でも世界を飛び回って活躍しつつ、プライベートでリトリートに参加したり、友人や自分のために使う時間も持っているとか。世の中の常識、特に日本の常識から考えたら一見ありえないようなこと、世間からの見られ方を気にして遠慮して諦めてしまうかもしれないようなことを実現させていきいき生きている女性たちがいる。そういうことを、この目で見て、直接話して、知れたということ、自分の”目が醒めた”ような感覚でした。そしてその”目が醒めた”瞬間に、”独身でも、結婚しても、子どもがいても、いくつになっても、個として、女として”生きていいんだ、ということが私の中ですーっと腑に落ちていったのでした。

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今回のバリのリトリートでは、主催者のEmmaに言われた言葉”The universe looks after you”(『あなたは、見えない力に見守られているのね』というような意味)を深く実感できるようなことが他にもあって、本当にいろいろな意味で”eye-opening”な旅となりました。

ということで、2017年、32歳の私は、”目が醒めた”私で、ますます自分の生きたい道を突き進んで行く予定。
自分自身の人生を最大限に生きることを大事にしながら、それをシェアすることができるパートナーや家族(自分がつくるという意味での)に近い将来恵まれたらいいな、と思う。というか、そうする(笑)
自分の内側の声に常に耳を傾けて。直感や偶然起こるように見えることを大事に。自分と自分を取り囲む大事な人たちに愛を。そして、いま取り組んでいることを自分が納得できるレベルにするために、これからやりたいことのために、楽しみながら着実に駒を進める一年にしたいとおもいます!

追伸:
私が今回参加した”Inner Temple Retreat”についてはこちらから♡(英語のみ)

2017-01-14 | Posted in Blog, Gallery, TravelNo Comments » 

 

DAILY ANDS(株式会社ZUU)寄稿記事:いまの仕事を続けるべき? 「転職」が頭をよぎったら、まず考えたいこと

株式会社ZUUが運営する女性向けメディア”DAILY ANDS”での記事が公開されました。
今回のテーマは、”いまの仕事を続けるべき? 「転職」が頭をよぎったら、まず考えたいこと”について。

転職支援・ヘッドハンターとしての仕事を約8年間経験し、また自身も国内外含め2度転職をしている私が考える、いまの仕事を続けるべきか、転職をするべきか、悩んだ時に考えてみたいポイントをご紹介しています。

2016-09-12 | Posted in Press/ Article, WorkNo Comments »